6.
「牡丹、てめえ。よくも、よくも紅葉さんに……!」
「紅葉さんに」と同じフレーズを繰り返すばかりで、口にするのも憚られるのか。萩はそれ以上言及することなく、ぷるぷると、怒りで震えている手で卓球台を持ち上げている。
今にもそれを放り投げようとしている萩の肢体に、藤助はまとわり付く。
「わーっ、萩くん。いい加減、落ち着いてよ。卓球台なんか壊したら、いくら請求されるか……!」
分かったものではない。予想もできない金額に怯えながら、藤助は真摯に訴える。
けれど、その声は萩の耳には全く届いてはいない。彼の目には、未だぽけっとしている牡丹の姿しか見えてはいないのだ。
「牡丹の野郎、絶対に許さねえっ……!」
「だから、萩くん。まずは落ち着こう。
ちょっと、梅吉も見てないで手伝ってよ!」
「いやあ、コイツ、やっぱり面白いと思ってさ」
「もう、そんな暢気なこと言ってないでさあ!」
「はい、はい、分かりましたよ。ったく、しょうがねえなあ。
おい、桜文。この騒ぎの原因は、お前にあるんだから。少しは責任を感じてだな……って、こらっ、こんな所で寝るんじゃない! 誰もお前みたいなデカブツ、部屋まで運べねえぞ!」
気持ち良さ気な寝息を立てている桜文の襟首を掴み、梅吉は、上下左右に激しく振り回す。だが、桜文が目を覚ます気配は一切ない。
梅吉は、ぱっと手を離して、
「駄目だ、こりゃあ」
簡単に諦めた。
「駄目だって……。萩くん、お願いだから冷静に……」
「なって」と、最後まで言い切る前に。突如、一筋の疾風が藤助の顔の脇を掠めた。スコーンと、甲高い音が響き渡る。
続いてカラン、コロンと奇妙な音が鳴ると、牡丹と萩の二人は、ほぼ同時に床に向かって倒れ込んだ。
「わーっ!?? ちょっと、菊まで何やっているんだよ!?」
「だって、コイツ等うるさいから」
「だからって、何も頭にラケットを投げ付けることないじゃないか! しかも牡丹まで。
ちょっと、牡丹、萩くん? 二人とも、しっかりしてよ!」
「相変わらず菊は強引だなあ。でも、これで一段落したな……って、おい。桜文のやつ、一体どこに行ったんだ?」
「え? どこって、さっきまでそこで……」
寝ていたじゃないかと、未だ目を覚まさない牡丹と萩を起こし続けながら。藤助並びに他の面子も揃って同じ箇所に視線を向ける。が、そこには何もない。先程まであった姿は、いつの間にか忽然と消えていた。
一拍の間を空けてから、藤助は大口を開け、
「わーっ!?? いなくなってるよー!?」
「だから、俺が先に言っただろうが。
おい、おい。まだ酔いも醒めてないのに、さっきの牡丹みたいに、なりふり構わずその辺の人を投げ飛ばしたりしたら……」
大惨事になりかねないと、その先を自然と悟ると。梅吉等は一斉に顔を蒼褪めさせ、そして、
「探すぞ!」
と、梅吉の声を合図に、ぞろぞろと部屋を飛び出した。
そんな慌ただしい様子の兄達を見送ると、菊は別世界へとトリップしたままの紅葉の方を向き。彼女の肩に手を乗せると、軽く揺らす。
「紅葉、ちょっと、紅葉」
「えっ……。なあに、菊ちゃん」
「『なあに』じゃなくて。いつまでぼけっとしてるのよ」
「だって、だって……って、あれ。どうして牡丹さんと萩さん、こんな所で寝てるの? それに、お兄さん達もいなくなってるし」
きょろきょろと辺りを不可思議な顔で見回している紅葉を、菊は半ば羨ましげに見つめながら。一つ乾いた息を吐き出す。
「アンタ、本当におめでたいわね。まあ、いいわ。
私、ちょっと飲みものを買って来るから。コイツ等のこと見てて」
「えっ、うん。それはいいけど」
ひらひらと、華奢な背中に手を振りながら。本当に、何があったのかしらと。紅葉はもう一度室内を見回すが、それだけでは分かるはずもない。
彼女の好奇心とは反対に、疑問は一層深まるばかりであった。
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