10.
萩と竹郎は、互いに顔を突き合わせたまま、
「なんで足利が知ってるんだよ!?」
「お前こそ、知ってたのか!?」
そう声を上げ合うと、しばらくの間、二人は一言も口にすることなく。ただただ見つめ続けていたが、先に竹郎の方が折れたとばかり、ゆっくりと口角を上げさせていく。
「まさか、天正菊が自分から言ったのか?」
「言ったというか、それっぽいことを聞いたというか……。
そういうお前も知ってたなんて。それとも、有名な話なのか?」
竹郎は、首を小さく左右に振り、
「いや、全然。俺も知ったって言うか、分かっちゃったって言うか……。
なんだよ、俺と天正菊だけの秘密だったのにー。ミスター黒章だって、俺が選ばれると思ってたんだぞ」
一つ乾いた息を吐き出させると、竹郎はじとりと目を細める。
恨めし気な視線で訴えてくる竹郎に、萩は困惑顔を浮かばせる。
「俺に文句を言うな。牡丹の妹に言えよ。それより、その……。知ってるのか?」
「知ってるって?」
「だから、牡丹の妹の好きな相手だよ」
「なんだよ。気になるのか?」
「気になると言うか、そういう相手がちゃんといるのに、わざわざ俺を指名するなんて。一体どういう神経をしているのかと思って。
まあ、ああいう性格だから、素直に言えなかったんだろうが」
「言えなかった、か」
「そうだな」と、どこか遠くを見つめながら、竹郎は小さい音で返す。
その声は、問題の萩には聞こえていなかったらしく。竹郎は手にしているグラスを持て余すみたいに、中の氷をゆらゆらと軽く揺らさせる。
「それで、誰なんだよ。お前は知ってるんだろう?」
「悪いがそれは言えないな。そんなに知りたければ、直接本人に訊くんだな」
「あの女が素直に教えてくれると思うか?」
「そんだなあ。けど、俺だって本人から教えてもらった訳ではないし、ただの予想にしか過ぎないぜ。
あーあ。こんなことなら、やっぱりあの時、脅しておけば良かったなー、なんて。ていうか、本当に天正菊のこと、なんとも思ってないのかよ?」
「だから、なんとも思ってないと言ってるだろうが。しつこいな。大体、あんなワガママで自分勝手で気の強い女の、一体どこがいいんだよ。俺には全く理解できん。
それに比べて紅葉さんは、本当に素敵な人だ。さっきだって牡丹の妹とは違って、最後まで俺のことを気遣ってくれていたし」
「俺じゃなくて、俺達な。本当にお前は一途と言うか、ぶれないと言うか……。
それで、甲斐さんにはいつ告白するんだよ?」
竹郎の質問に、萩はぽかんと間抜け面を浮かばせる。
その上、たっぷりの空気を込めながら、
「は……?」
「いや、『は?』じゃなくて。何を驚いた顔をしているんだよ」
「……なんで知ってるんだ?」
「なんでって、どういう意味だよ」
「だから、どうしてその……、俺が紅葉さんを好きなことを知ってるんだよ」
薄らと頬を赤らめさせている萩を前に、竹郎は数秒の間を空けさせ。今度は彼が、ぐにゃりと顔を歪めさせる。
「今更何を言ってるんだ。もしかして、あれで隠してるつもりだったのか?」
ますます顔を赤く染める萩に追い打ちとばかり、
「クラスの大半のやつは知ってるぞ」
と、竹郎は、さらりと後を続けさせる。
「そう言えば前に牡丹の妹も、それらしいことを言ってたような……」
「なんだよ。本当に自覚がなかったのか。
それで、告白しないのか?」
「うるせえなあ。お前には関係ないだろう」
「まあ、そうだけど。でも、もし甲斐さんが先に牡丹に告白したらどうするんだよ」
「どうするって……」
「牡丹は口では、ああ言ってるけどさ。でも、実際は周りに振り回されやすいというか、流されやすいというか。なんだかんだ好きだって言われたら、付き合っちゃいそうだなって。
まあ、今の甲斐さんを見ている限りでは、当分先になりそうだけど。でも、そうのんびりもしてられないんじゃないかと思ってさ」
「たとえ紅葉さんが気持ちを伝えたとしても、アイツに限ってそんなこと……」
「ある訳ないだろう」視線はテレビの画面に向けられたまま、萩は口先で後を続けさせる。
もう一度、「ある訳がない」と。はっきりと、しかし、それは蚊の鳴くようなか細い音だ。それでも、まるで気休めみたく、自身に言い聞かせるよう萩は繰り返した。
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