9.

 牡丹達は空腹の中、ソファの上でごろごろと、電気が回復しないこともあって、いたずらに時間を持て余す。


 早く電力が復旧すればいいのに。三人揃ってそう願っていると、願いが叶ったのか否か、急に室内が明るくなった。



「おっ、電気が回復したみたいだな。

 牡丹、テレビ、テレビ!」


「分かってるって、ほら。うわあ、どこの局も臨時ニュースだ」



 竹郎に急き立てられながら牡丹は次々とチャンネルを回していくが、画面の映像は、ほとんど代わり映えしない。



「なんだよ。せっかくテレビが点いたのに、どこも台風情報なんて」


「こんな事態だし、しょうがないよ。それじゃあ、ゲームでもするか?」



 牡丹は早速ゲーム機を用意しようとしたが、

「ストップ! ゲームは禁止だ」

と、竹郎がその手を遮った。



「えっ、なんでだよ?」


「なんでって、お前達二人は、すぐに喧嘩するじゃないか。もっと穏便にいこうぜ。

 そうだ、DVDとかないのか?」


「DVDか。梅吉兄さんならたくさん持ってるけど、でも、勝手に部屋の中に入るのはなあ」


「残念だな……って、なんだ。こんな所にあるじゃないか。

 ええと、タイトルは、『純愛戦士 ウエディング・ベリー』って……」



 首を傾げさせる竹郎に、牡丹は、

「ああ、それか。本郷が貸してくれたというか、押し付けられたというか。コスプレをする以上、少しは知っておけって渡されたんだよ」


「ふうん。それで、面白かったのか?」


「いや、それが……」


「『それが』どうしたんだよ? もしかして、見てないのか?」


「うん……と言うか、開始五分が限界だった」


「あー……。牡丹って、恋愛ドラマ拒絶体質だっけ? アニメでもだめなのか。

 まあ、いいや。他にないし、これでいいから見ようぜ」


「えー。本当に見るのかよ? 俺は絶対に見ないからな」


「そんなこと言わずに、もう少し頑張って見ろよ。もしかしたら、お前の恋愛嫌い体質も治るかもしれないしさ」



 竹郎はケースの蓋を開けディスクを取り出すと、勝手にデッキへと挿入する。


 オープニングが流れ、本編が始まるが。隣で渋々顔を浮かべさせたまま画面を見ていた牡丹のそれは、時間の経過と共に次第に歪んでいき……。


 もう限界だと、牡丹は半ば叫びながら。くるりと背を向けると耳にイヤホンを差し、コードの先のスマホの画面を弄って、大音量で音楽を聴き始めた。



「なんだよ、まだ始まったばかりじゃないか。こんな幼児向けのアニメの恋愛描写でも駄目だなんて」



 呆れ顔を浮かばせる竹郎に、萩はしれっとした顔で、

「そんなの、今に始まった話じゃないだろう」


「そうだけど、でも、いちごちゃんが誠司くんのことが好きだって、視聴者に紹介する下りしかまだやってないじゃないか」



 渇いた息を吐き出させると、竹郎は視線を画面に戻し、そちらへと意識を傾ける。


 牡丹を除いた二人は、そのままだらだらと視聴を続けるが、不意に心地良さそうな寝息が耳に入ってきた。



「あれ。牡丹のやつ、いつの間にか寝ちゃったな。イヤホンを差したままじゃないか。危ないなあ」


「もう十時過ぎだからな。

 所で、今、何話目だ?」


「十二話目。ようやく折り返し地点か」


「なあ、いつまで見続けるんだ?」


「俺、こういうドラマとかアニメって、一話見たら最後まで見ないと気が済まないんだよなー。最終話までディスクもあるし」


「つまり、最後まで見るってことか」


「そういうお前はどうなんだよ? さっきから付き合ってくれてるけど」


「俺もそういう質なんだよ」



 長い夜になりそうだと、二人は自ずと自覚し。テレビの画面を見続けるが、またしても竹郎が真っ直ぐ前を見つめたまま、ゆっくりと口角を上げていく。



「そういやあ、どうだったんだ?」


「どうだったって、何がだよ?」


「だから、天正菊だよ、天正菊。学祭の時、四六時中一緒にいたじゃないか」



 竹郎が問いかけるが、いつまで経っても萩からの返事はない。


 竹郎は、ちらりと萩の横顔に視線をずらし、

「なあ、訊いてるんだけど?」

と、もう一度問い直す。



「……いや、だって。いきなりなんだよ」


「だって。牡丹がいたら、こういう話はできないだろう。

 なんだよ、何かあるだろう? 相手はあの、誰もが羨む天正菊だぞ。散々嫌がっていたが、本当はちょっとくらい思う所があるんじゃないか?」


「そんなこと言われても。牡丹の異母妹以上になんだと言うんだ。それに、あの女には好きな男がいるんだ」


「まあ、そうだけど……って、ん……?」


「しまった。いや、今のは違う……って、あれ」



 二人は一拍の間を置いてから、同時に互いの顔を見合わせて、

「なんで足利が知ってるんだよ!?」

「お前こそ、知ってたのか!?」

と、またしても二人は息を揃え、ほぼ同じタイミングで問いかけ合う。


 けれど、双方とも口の端を微弱ながらも震えさせたまま。瞳の奥のその先を、まるで腹を探り合うみたいに。しばらくの間、一言も口にすることなく、ただただ互いに見つめ続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る