2.
「それで。なんなんだよ、そのメインイベントって」
と、先程からもったいぶっている竹郎に、じれったさを感じながら。一体何度目になるだろう、牡丹は問い質す。
「さっきから実行委員が呼びかけている、庚姫コンテストって言うのがそうなのか?」
「ああ、そうだよ。簡単に言えばミスコンのことなんだけど、昔、ここには
「ふうん、お姫様ねえ。だからミスコンじゃなくて、庚姫コンテストって言うのか。
けど、お姫様の名前を取るなんて、随分と恐れ多い気もするけど」
「ああ。それは、その姫様にまつわる伝説が絡んでいるからなんだよ」
「伝説だって?」
牡丹の質問に、竹郎が続きを語ろうとしたが、突然、館内中の明かりがふっと消えた。その場は闇に包まれるが、すぐにもステージ上のライトが付き。それに合わせて会場は静まり返り、観客達の視線は自然とステージへと向けられる。
「おっと、いよいよ始まるみたいだな。
ふうん、コンテストに出る自信があるだけに、やっぱりどの子も可愛いな。特に五番の子は、一際輝いて見えるな……って、おい、牡丹。あれ見ろよ、あれ」
「はあ? あれって、どれだよ」
「だから、あれだよ、あれ。五番の子! あれ、天正菊じゃないかっ!?」
「えっ、菊だって? まさか。菊がこんなコンテストに興味持つ訳……」
「いいや、あれは天正菊だ! 五番だよ、五番。五番の子をよく見ろ!」
ぐいと身を乗り出し、とある一点を力強く指差す竹郎に従い。牡丹は半信半疑ながらもその指先を追うと、そこには確かに見慣れた姿が待ち受けていた。
その信じ難い光景に、驚きを隠せないでいる牡丹を余所に。既に観客達の視線は、一人の女生徒だけに集中していた。
「へえ。まさか、天正菊が出るなんて。これは彼女の独壇場で決まりだな。
でも、色んな意味で楽しみだな」
「楽しみって、結果が分かってる勝負を見ても面白くないだろう」
「ああ、そうか。牡丹は知らないんだもんな。このコンテストの異名と、ミスター
「コンテストの異名? ミスタークロフサ? なんだよ、それ」
「だから、ミスター黒章こそ、庚姫コンテストなんて大それた名前の由来でもあるんだが……」
と、竹郎が説明しようとしたが、口を開きかけた瞬間、会場では既に投票が締め切られ。その結果に、観客席からわっと歓声が上がる。
『今年のミス庚姫は、おめでとうございます。一年五組天正菊さんに決定しました。
なお、ミス庚姫にはハーゲンダーツアイスの無料券と、そして、会場の男子生徒の皆様、心の準備はできてますか? 続いて、副賞の発表です。
さあ、庚姫様。どなたになさいますか?』
「……副賞?」
『あれ。もしかして天正さん、ご存じありませんでしたか? それではそんな庚姫様のために、今一度、ご説明いたしましょう。
副賞という名のメインディッシュとして、このイベントは皆さんご存知の通り、庚姫伝説に基づいている訳ですが、龍に嫁ぐという憐れな天命であった彼女への弔いとして、学祭の間だけ自由に扱える伴侶をどなたか一名、指名することができます。
さあ、今年のミス庚姫様に選ばれる幸運な殿方は、一体どなたになるのでしょうか?』
菊は珍しくも困惑顔を浮かばせるが、憲美は口早に述べると容赦なく、ずいと彼女の口元へとマイクを近付ける。
『それでは、庚姫様。どなたをご指名しますか?』
また一歩、菊に近付き。憲美は同じ問いを繰り返す。
その様を前に、会場一帯には緊迫な空気が流れる。一方の菊も思わず一歩後ずさるが、俯いたまま。ゆっくりと、その整った口唇を静かに動かす。
「……し……は……」
『はい? 済みません、もう一度お願いします』
「いえ……」
菊は軽く息を吸い込むと、ぎゅっと手を握り締めたまま、
「……だ……荻さん……。
と、真っ直ぐ前を見つめたまま。鈴を転がしたような透き通った声が、館内の隅々まで何にも混じることなく反響する。
それはまるで波紋みたく、次第に観客達にも伝わっていく。
が――。
「……おい。そんな名前のやつ、ウチの学校にいたっけ……?」
「いいや、聞いたことないぞ」
「誰だよ、足田って……」
ざわざわと、辺り一帯が騒然とする中。しかし、菊は一人だけ、しれっとした顔で立ち続ける。
そんな彼女に、憲美は周りの生徒達を代表してとばかりに口を開き、
『名簿にも見当たりませんが、それっぽい名前の生徒が一人だけ……。
もしかして、二年三組所属の足利萩さんのことですか?』
生徒名簿を眺めながら訊ねる憲美に、菊は一瞬きょとんとした表情をする。
が。
「……そうかもしれません」
『えっと、もう一度確認しますが、お相手は、二年三組の足利萩さんでいいんですか?』
そう確認する憲美に、菊は小さく頷いてみせる。
『えー、今年のミスター黒章は、二年三組足利萩さんに決定しました。それでは足利さん、登壇お願いします』
憲美はマイクを通し、ステージの上から呼びかける。
「ははっ。まさかとは思ったが、そのまさかだったとは……。
おい、足利。お前、選ばれたぞ!」
「はあ? 選ばれたって……。
ふっ、どうせ俺なんて、男が好きな変態だって。紅葉さんだって、そう思っているに違いないんだ……」
「おい、今はそんなことを気にしてる場合じゃないぞ! しっかりしろ。お前、ミスター黒章に選ばれたんだぞ!」
竹郎が萩の襟首を掴み、荒く前後に揺する。けれど、萩はその震動に素直に従い、ぶらんぶらんと一緒に揺れるばかりだ。
いつまで経っても登壇する気配を見せない萩に、痺れを切らした憲美は、近くに控えていた委員達に指示を出す。すると、直ぐにも彼女の意図通り、彼等は萩の前に現れるなり彼の体を担ぎ上げ。
「なっ、なんだ!? コイツ等は……っ!?」
「だから、お前がミスター黒章に選ばれたんだってば!」
「ミスター黒章?」
「なんだよそれーっ!??」と、半ば叫びながら、萩は強制的に実行委員に連行される。
そのまま萩はステージの上に立たされるが、全く状況が呑み込めず。間抜け面を浮かばせるより他にはない。
『それでは、足利さん。ミスター黒章に選ばれた感想を一言どうぞ』
「ミスター黒章? なんだよ、それ」
『……話、聞いてなかったんですか? ですから学祭の間だけ、ミス庚姫の付き人……、要するに、一日中、彼女と共に過ごせと言うことです』
「へっ……? ミス庚姫って……」
萩は、ちらりと横を向き。整然と隣に立っている菊の姿を目に入れる。
一度は顔を正面に戻すが、萩はすぐにもまた顔を横に向ける。
「なっ、な……、なにーっ!??」
と、本日一番の驚嘆の音が、窓ガラスまでもを大きく震わせ。びんびんと、館内中へと響き渡った。
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