3.

「えっ、告白大会?」



 竹郎からそう聞くと、牡丹はぽかんと間抜け面を浮かべさせる。


 そんな牡丹に、竹郎の話は続く。



「ああ。庚姫コンテスト――別名・告白大会。あのミスコンは所謂度胸試しで、告白前に自信を付けたい女生徒のものなんだ。庚姫に選ばれるとその特権で一人だけ、学祭の間だけ自由に扱える人間――ミスター黒章を選ぶことができる。

 もしそういう立場になれたら、普通なら、そのミスター黒章には自分の好きな相手を指名する……。つまりはそういうことだよ。

 まあ、年によっては軽いノリで出る子もいるが、ほとんどの生徒がその本意を知ってるからな。知らないのは牡丹みたいな編入生と、そういう浮かれた話には興味のない連中くらいだよ」


「まさか、あのコンテストにそういう裏があったなんて。

 でも、そのミスター黒章って、一体なんなんだ? それに、庚姫様は龍に嫁いだとか言っていたけど……」


「それはさっき司会の人も言ってたけど、このコンテストって庚姫様への弔いの一種として行われているようなものでな。

 昔、ここがとある城の跡地だって説明したけど、ある年、飢饉が流行して、挙句にその隙を隣国に責められ、落城の危機に瀕してしまうんだ。それで当主様は、『敵将の首を取ってきた者にわが娘――庚姫を嫁にくれてやろう』と、つい戯言を漏らしてしまったんだ。

 すると当主様の希望通り、見事敵将の首を取って来た者が現れた。おかげで国に平穏が訪れたが、実はその青年、黒章という名の近くの洞窟に棲み付く龍で、姫様を手に入れようと人間に化けて近付いたんだ。

 もちろん当主様は、大事な娘を龍の嫁にやれるもんかと、例の約束を突っ撥ねた。だけど、それが黒章の怒りを買ってしまい。やつの力により国中の空は黒い雲に覆われ、雷雨によって今度は水害の危機に晒されてしまった。

 そこで龍の怒りを鎮めるため、また、いくら相手が龍であっても、約束は違えてはならないと。そう姫様は当主を諭すと周りの反対を押し切って、黒章の嫁になった。こうして国を覆っていた暗雲も晴れ、国は元通り平安な日々を取り戻した……。

 これがこの辺りに古くから伝わる庚姫伝説で、俺みたいに昔から住んでる人間なら誰もが知ってる寓話だよ」


「ふうん、成程な。自らを犠牲にして国を救ったなんて、まさに英雄だな」


「ああ。だけど、いくら国を救うためでも、龍の言いなりで嫁になるなんて。そんなの惨めで哀れだろう? だから反対に黒章を服従させることによって、彼女の無念を晴らさせようという考えが、ミスター黒章という存在を生み出した……と言うことらしいぜ」



 昔話を語り終えた竹郎は、ちらりとステージへと視線を向ける。



「まあ、そんな薀蓄はさておき。つまりミスター黒章は、大抵の場合、ミス庚姫の思い人で。誰もが羨む地位な訳よ。

 だって、ミスコンのグランプリ直々から誘いを受け、一日をともにできるなんて。考えただけで最高だろう? なのに……」


「ちょっと待て! 黒章だがなんだか知らないが、どうして俺が牡丹の異母妹の付き人なんかしなければならないんだっ!?」


「どうしてと言われましても、庚姫様からのご指名なので。

 そう言う訳ですから、足利さん。明日の学祭最終日は、彼女と行動をともにして下さい」


「だから、どうして俺なんだよ!? 大体、俺はお前となんか、一度も口さえ利いたことがないぞ!」



 萩は勢いよく菊を指差してみせるが、一方の彼女は相変わらずしれっとした顔で、その場に突っ立ったままである。


 ぎゃあぎゃあと喚き立てている萩に、竹郎はすっかり呆れ顔だ。



「名誉あるミスター黒章に選ばれて、あそこまで全力で拒絶するなんて。もしかして、初めての事態じゃないか?」


「それにしても、菊が萩を指名するなんて。まさかアイツ、萩のことが……」


「いいや、それはないんじゃないか。考えられるとしたら……」



 ちらりと、竹郎は牡丹の顔を一瞥し。



(紅葉さんのため、か……。)



 そう心の内で呟いた。

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