4.

「それから、はい、これも」


「はいって、何これ?」


「何って、武器のステッキに決まってるじゃない。変身ヒロインものには付きものでしょう。

 しかもこれ、子供の頃に買ってもらったものなんだけど、まだ使えるの。ここのボタンを押すと、ちゃんと音声も流れるんだから」



 牡丹は試しにボタンを押してみると、

『本日は大安吉日婚約日和! そんなおめでたい日に水を差すなんて、たとえ神様が許しても、このウエディング・ベリーが許さないわ。さあ、私とエンゲージしましょう♡』

と、おそらく決め台詞なのだろう。機械的なソプラノボイスが流れた。



「随分と長い決め台詞だな。それに、このステッキもハートやリボンがあしらわれていて一見可愛いデザインだけど、ステッキと言うより剣に近いような……」


「そのステッキは、ほら。ケーキカット用のナイフがモチーフだから。

 それにしても。本当、想像以上のできよねー。男なんて私の対象外だけど、その可愛さなら特別に許すわ!」



 一体どこに隠し持っていたのだろう。徐に一眼レフカメラを構えた宮夜は、牡丹を被写体にパシャパシャと写真を撮り出した。



「ひいいっ!?? ちょっ、止めっ……。

 なんでカメラなんて持っているんだよっ!?」


「そんなの、こうやって写真を撮るために決まっていじゃない。天正くんってば、おかしなこと訊くのねー」


「そういう意味じゃなくて! だから、撮るなって言ってるだろう!」



 牡丹の必死の要求も虚しく、宮夜はそれをさらりと躱し、一向に写真を撮り続ける。



「ねえ、宮夜。あとで写真の焼き増しお願いね」


「私の分もよろしくー!

 でも、どうせならエスコート役の足利くんと一緒に撮りたいね……って、そう言えば足利くんは? まだ着替えているのかな?」


「あっ。ねえ、ねえ、宮夜。足利くんの衣装って、もしかして牡丹くんがベリーちゃんだから……」


「ええ、そうよ。天正くんがベリーちゃんなら、エスコート役の足利くんは、もちろんベリーちゃんの思い人である……」



「誠司くんよ――!」という声に合わせ、タイミング良く教室の扉が開き。開かれた扉の隙間から、ようやく萩が姿を見せる。


 牡丹と同じくベストにシャツ、ジャケットにパンツまで全身を白一色に染めた彼は相変わらず物臭そうに、膝丈まである裾を翻す。



「おい、どうしてタキシードなんか着ないといけないんだよ。すごく着苦しいんだが」


「あっ、ちょっと。駄目よ、ネクタイを緩めたら。誠司くんは真面目な優等生タイプなんだから、ちゃんとかっちりとした格好でないと」


「はあ? 誠司くんって誰だよ?」


「だから、誠司くんはいちごちゃんの同級生で、片思いしている相手よ。

 ちなみにこの衣装は、悪堕ちした誠司くんが着ていたコスチュームなの。物語の終盤で、誠司くんは敵に洗脳されて、無理矢理仲間にされちゃうの。でも、ベリーちゃんの愛の力で見事洗脳は解かれ、最後の敵も倒して二人は晴れて恋人同士、そして行く末は結婚して――……ってラストじゃない。

 本当は学校の制服と迷ったんだけど、ベリーちゃんがウエディングドレスなら、やっぱりタキシードの方が映えると思ってね。それに、足利くんは背が高いから、フロックコートもよく似合うし、見栄えして良かったわ」



 想像以上の作品を前に、すっかり酔い痴れ流暢にも語る宮夜。だが、萩は全く話に付いていけず、頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいる。



「萩は知っているか? その、ウエディング・ベリーを」


「いいや、全然知らん。なんだ、それ。結婚式の演出か?」


「だよな。そんなアニメを知っているのなんて、女子だけじゃないのか?」


「えー、俺は覚えてるけどな。いやあ、懐かしいなあ。ウエディング・ベリー」


「へえ、知ってるんですか。さすがは梅吉兄さん、物知りだな……って、梅吉兄さん!? それに、桜文兄さんまで」



「どうしてここに?」と、牡丹が問うと、近くを通りかかったからだと、適当な答えが返ってきた。

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