3.

 学園祭に向け、本格的に校内全体で準備が進められる中――……。



「できた、できた、完成よーっ!!」

と、満面の笑みを浮かべさせた宮夜がスキップをしながら、鼻歌混じりで教室の中へと入って来た。


 彼女は手にしている布を、ぱあっと広げさせ、

「見て、見て! コンテスト用の衣装が完成したわ! 自画自賛だけど、自信作よ!

 それで、天正くんはどこ? 試着して欲しいんだけど」

 きょろきょろと辺りを見回す宮夜に、竹郎は、

「牡丹ならここに……」

「いるけど」と、続けようとしたが。ふと顔を脇に向けると、そこには何もなく。その代わり、少し離れた所でこそこそと、忍び足で移動している牡丹の姿があった。


 けれど、気付かれたと分かった途端。牡丹は急に速度を上げて走り出すが、その矢先。



「お前って、本当に学習しないよな」



 萩が咄嗟に出した足に躓き。見事バランスを崩した牡丹は、そのまま顔面から床へと盛大に突っ込んだ。



「ナイス、足利くん! あとは明史蕗、お願い――!」


「オッケー!」



 任せてと言うと同時、明史蕗が大きく宮夜の横から飛び出した。


 その直後、

「ギャーッ!!?」

と悲痛の音が、教室中に響き渡った。




 閑話休題。




「きっ……、きっ……、」



 一呼吸置かれてから、

「キャーッ!!」

と、宮夜の口からびんびんと、周りの女生徒のそれより一際甲高い音が発せられる。


 その原因は、全身を純白に包んだ一人の人物にあり。椅子に腰をかけているその儚げな像は――、いや、屍みたく魂の抜け切っている牡丹は、ベールの下から虚ろな瞳を揺らし。床ばかりを無意味にも見つめ続けている。


 明史蕗から羽根折り顔面締めを食らわされた牡丹が折れるまで、そう時間はかからなかった。幼き日のトラウマが蘇る傍ら、言われるがまま無理矢理着替えさせられ現在に至る。


 未だに茫然自失している牡丹を余所に、宮夜は目を燦爛と輝かせている。



「キャー、キャー、キャーッ!! 元々顔立ちは女の子っぽかったけど、こうやってウィッグを被ると、どこからどう見ても女の子にしか見えないわね。

 天正くん、どう? きつくない?

 ……うん、サイズはぴったりみたいね。良かった、手直しせずに済んで。

 それじゃあ、次は足利くんね。サイズが合ってるか確かめたいから、着替えて来て。はい、これが衣装よ」


「衣装って、まさか俺も女装するのか!?」


「ううん、女装じゃないわよ。エスコート役は、出場者の引き立て役だって言ったでしょう。二人して女装したら、本命が目立たなくなっちゃうじゃない。

 けど、一緒にステージに上がるんだから、それ相当の格好はしないとでしょう」



「早く着替えて来てよ」と、宮夜に急かされ。萩は気怠そうに手渡された衣装を抱え、教室を後にする。


 その背中を恨めしさと羨ましさの混ざり合った視線で見送りながらも、ようやく意識を取り戻した牡丹は口を尖らせる。



「ていうか、どうしてウエディングドレスなんだよ。選りにも選って、こんなぴらぴらな。

 でも、ウエディングドレスにしてはデザインが少し奇抜なような……」


「あっ、分かった? 天正くんには、ベリーちゃんのコスプレをしてもらおうと思ってね。

 この女装コンテストって、クラス企画の宣伝も兼ねているの。ベリーちゃんならみんなが知ってるからインパクトあるし、それに、この純白のドレスなら目立つこと間違いなしでしょう?

 ……って、あれ。もしかして知らない? 『純愛戦士 ウエディング・ベリー』のヒロイン、ベリーちゃん」


「はあ……? えっと、なに? ウエディング……」


「ウエディング・ベリーよ、ウエディング・ベリー。私達が子供の頃にやっていたアニメじゃない」


「いや、知らないんだけど」



 ぐにゃりと眉を曲げさせる牡丹に、宮夜はやや大袈裟に、

「えー、うそー。本当に知らないの?」

 もう一度訊ねた。



「ウエディング・ベリーと言えば、主人公・愛野いちごちゃんが妖精ツッキーから授かったエンゲージ・リングを使って純愛戦士ウエディング・ベリーに変身し、世界の愛と平和を守る為、悪の組織ディヴォルスと戦う変身バトルヒロインアニメよ。

 みんなは知っているわよね? ウエディング・ベリー」


「ええ、もちろん。好きだったなー、ベリーちゃん」


「私も、私も! この変身コスチューム、今見ても可愛いよね。懐かしいなあ」


「うん、うん。やっぱり憧れちゃうよね、ウエディングドレスって」



 女生徒達は一層と、きゃあきゃあと声を上げて騒ぎ出す。だが、その輪の中心で、牡丹は一人、ぐにゃりと顔を歪ませるばかりだ。



「女の子なら、みんなベリーに憧れたものよ。やっぱりウエディングドレスは、女の子の夢よねえ」


「女の子の夢ねえ。それを男の俺に押し付けるなよな。

 それにしても、変身コスチュームってことは、この格好で戦うのか? 歩くのでさえ一苦労なのに、本当にこんな姿で戦えるのかよ?」


「ああ、それなら大丈夫よ。このコスチュームは敵に止めを刺す、大技を放つ時のコスチュームだから。

 ちなみにこれがお色直し前のバトルモードなんだけど、もしかして、こっちの方が良かった?」



 そう問いながら、宮夜は牡丹にスマホの画像を見せる。


 成程。今着ている正統派なデザインとは異なり、スカートの丈は短く肩も大きく出ていて機能的な分、肌の露出も多い訳で……。


 そっちのデザインでなくて本当に良かったと。そう思いながらも結構だと、牡丹は即座に断った。

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