2.

「さてと、クラス企画はこれで決まりね。それじゃあ、次は例のアレだけど……」



 一段落したかと思えば、明史蕗がそう告げると同時。教室の空気は、一瞬の内に一変する。特に男子生徒達は、誰もが固唾を呑んでいた。


 緊迫の糸が張り巡らされている中、しかし、全く状況を呑み込めていない牡丹と萩だけはその空気に染まることができず。二人はすっかり置いてけ堀にされてしまうが、それにも関らず明史蕗は口角を上げていく。



「毎年恒例の女装コンテストだけど、そうねえ……。

 うん、ウチのクラスの代表は、牡丹くんでいいわね」


「待て、待て、待ていっ!!」


「あら、なによ。何か文句でもあるの?」


「あるさ、あるよ、大アリさ! なんだよ、女装コンテストって。代表って。俺でいいって、勝手に決めるなよ!!」


「そっか。牡丹くん、編入生だから知らないのか。

 ウチの学校、昔は男子校だったのよ。だからという訳かは知らないけど、学祭ではクラス対抗の女装コンテストが行われていてね。共学になってからもその名残で行われている、謂わば伝統イベントで、クラスの中から誰か一人、強制的に出さないといけないのよ」


「だからって、どうして俺なんだよ!?」


「どうしてって、牡丹くんがウチのクラスの男子の中で一番顔が可愛くて、小柄でぴったりだからよ。

 ちなみに優勝すると出場した本人だけでなく、優勝者が所属しているクラスの生徒全員にも食券の無料券・千円分が配られるの。だから、どこのクラスも結構ガチで臨んで来るのよね。まさにクラス対抗でしょう?

 たとえ女装コンテストなんてふざけた試合でも、やるからにはやっぱり勝たないとね!」



 そういう訳だからと締め括ろうとする明史蕗。だが、もちろん、そう簡単に牡丹は納得できる訳がない。



「嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だっ――!!

 俺は絶対に出ないからな!」



 喚き散らす牡丹に、萩は横から、

「なんだよ。いいじゃねえか、出てやれよ」

と、口を挟む。


「その女顔とチビを活かせる、せっかくの機会なんだ。それに、今まで散々女の服を着ているんだ。どうせ慣れているだろう」


「誰が慣れてるだって!? 大体、いつもお前ばかり一人で逃げやがって……!」


「そんなの、とろいお前がいけないんだろう。さっさと逃げればいいものを」


「逃げればいいって、俺のことを姉ちゃんの前に突き飛ばして、その間に逃げていたやつの言う台詞かよ!」


「毎回、毎回、やられるお前が悪いんじゃないか」


「なんだとーっ!?」


「ええいっ、喧嘩するな! 話が進まないじゃない。

 仕方がない。こうなったら、やっぱり今年も籤引きね」



 すると、明史蕗はドンッ! と、教卓の上に立方体型の箱を置き。ぐるりと教室中を見渡す。



「いいこと? 一人一本ずつ、箱の中に入っている割り箸を引いていくこと。棒の先にペンで色を塗っておいたから、それが当たり――つまりは生贄よ。

 全ては運任せ、恨みっこなしだからね」



 そう告げられると、男子達は気怠げに立ち上がり。列を作って、次々に籤を引いていく。その中に、もちろん牡丹も例外ではなく並ばされている。



「早く出ろ、早く出ろ、早く出ろ……!」



 ぶつぶつと呪文みたく唱えるものの、牡丹の願いが叶うことはない。一向に、当たり籤は顔を出さない。


 彼の順番は刻一刻と迫り、とうとう直前まで差しかかった。


 だけど、

「げっ……!?」

と、突如前方から不穏な音が聞こえ。いつまで経ってもその場から動けずにいる萩に疑問を抱くと、牡丹はひょいと後ろから彼の手元を覗き込む。


 すると。



「ん……? あっ、あーっ、当たり棒だ、当たり棒っ!!

 やった、やった! 当たりだ、当たり!

 いやあ、悪いな、萩。可哀想に。けど、精々頑張ってくれよな、応援してやるからさ……って、もう決まったんだから引く意味ないか」



 牡丹はすっかり得意気に。上機嫌で放心状態の萩を励ましつつも、箱の中につい手を突っ込み掴んだ棒を引き抜いていた。それをわざと萩の前に示して見せる。


 だが。



「本当に悪いな。この棒が羨ましいか……って、あれ。色付き棒……?」



(これは、一体……。)



 どういうことだ。思いもしていなかった光景に、牡丹は目を点にさせたまま、首を傾げさせる。すると、明史蕗が牡丹の持つ棒の先を見つめ。



「なんだ、当たりを引いたのは牡丹くんか。結局はこうなる運命だったのね」


「へっ……、え……。な、なんで、どうして当たり棒が二本あるんだよ!? ていうか、萩の棒だって当たりだろう? 色が付いてるんだから!」


「ああ。足利くんが引いたのは、エスコート役の方よ」


「エスコート役だって?」


「ええ、引き立て役とでも言うのかしら。ほら、生徒会選挙での推薦者みたいに一緒にステージに立って、出場者のことをアピールして盛り上げる人も出さないといけないの。

 だから、エスコート役が緑色で、本命が赤色の方よ」


「赤って……」



 ひくひくと、頬の筋肉を引き攣らせながらも。牡丹はちらりと、自身が握っている棒の先をもう一度見つめる。


 だけど、期待とは裏腹。瞳を占める赤色に呆然と……、すっかり腑抜けている牡丹の肩に、不意にぽんと手が置かれる。そちらに顔を向けると、形勢逆転とばかり。にやにやとした面を浮かべさせている萩の顔が目に入った。


 その直後、元凶である棒は、ぽとりと牡丹の手から滑り落ち。虚しい音を立てながらも、ころころと床の上を転がっていった。

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