第14戦:学園祭という舞台で兄弟対決をする件について

1.

 昼休みも終わり。午後独特の温かな日差しに加え、すっかり腹も満たされ眠気が漂う校舎の中。二年三組の教室にて――。


「えー、今日のホームルームは、二週間後に控えている学園祭に関する話し合いです。まず、クラス企画から決めたいと思います。アイディアがある人は挙手して下さい」

と、いつもの要領で。淡々と述べる学級委員である明史蕗の声に耳を傾けながら、牡丹は、

「ふうん、学祭か……」

と、頬杖をつき。白い文字で埋められていく黒板を薄ぼんやりと眺める。



「だってさ。牡丹、何かやりたいことはあるか?」


「やりたいことねえ。俺は別になんでもいいよ」


「お前は相変わらず無気力と言うか、淡泊だよな」


「悪かったな、無気力で。そう言う竹郎は、何か良いアイディアでもあるのか?」


「俺も特にないな。クラス企画より、演劇部の公演の方が楽しみだし」


「演劇部って、また菊の追っかけかよ。毎度、毎度、よく飽きないよな」



 余程楽しみなのだろう。にしし……と下卑た笑みを漏らしている友人に、牡丹は呆れ顔を浮かべさせる。



「何を言うんだ。ただでさえ天正菊が出演する舞台のチケットは、通常の公演でも入手が困難だ。なのに、今回の会場はウチの学校の体育館で、普段の会場より狭い分、収容人数も少なく自然と倍率も上がってしまう。

 だが、しかし。入手ルートを確保した今、チケットをゲットできるのはほぼ確実。そんな貴重な公演を見られるんだ、楽しみでない訳がないだろう」


「ルートって、もしかして紅葉のことか? お前達、いつの間にか随分と仲良くなったんだな」


「おやあ? なんだよ、牡丹。もしかして、俺と甲斐さんとの仲が気になるのか?」



 またしても気味の悪い笑みを浮かべさせる竹郎。だけど、牡丹の意見を聞く前に、突然右肩をがしりと掴まれる。


 その圧力に、後ろを振り向くと、

「おい、与四田。今の話はどういうことだ?」

と、盗み聞きをしていたのか、傍や彼女の名前に自然と耳が反応したのか。大層目付きの悪い萩の顔がそこにはあった。



「あー……。コイツのこと、すっかり忘れてたや」


「おい、与四田。さっきの話は、どういうことなんだ。お前と紅葉さんは、どういう関係なんだ?」


「関係って、そうだなあ。持ちつ持たれつといった所かな。彼女とは利害が一致するんだよ」


「利害だと? それはどんな利害なんだ?」


「ああっ、面倒臭いなあ。足利が心配するような関係ではないから安心しろよ。

 それより、今は話し合いの時間だろう。真面目に参加しないと、古河の制裁が待ってるぞ」



 竹郎は教壇に立つ明史蕗を指差し、萩に前を向くよう促した。


 プロセスが特技な明史蕗の恐ろしさは、この教室で生活している者なら誰でも知っており。竹郎の一言により萩もそれ以上の詮索はすることなく、自然と口を噤んだ。



「えー、意見がある人はいませんか?」


「はい!」


本郷ほんごうさん、どうぞ」


「私はコスプレ喫茶がいいと思います!」


「コスプレ喫茶って……」



 ざわざわと、雑音が響き出す中。真っ直ぐな前髪に両脇の髪も顎の長さで同様に綺麗に切り揃えられた、所謂姫カットと呼ばれる類いの髪型をした女生徒――本郷宮夜みよは、勢い良く椅子から立ち上がる。きりっとした眉の下の瞳を燦爛と輝かせて、ぴんと手を挙げている。


 牡丹は、こそこそと竹郎の耳元に顔を寄せ、

「随分と色物なのを提案してきたな」

と、小さな声で囁いた。



「本郷はコスプレイヤーなんだよ。それにしても、ここぞとばかりに自分の趣味を押し付けて来たな」



 ぐにゃりと眉を歪めさせる竹郎に呼応するよう、周囲の男子生徒の間でも声が上がり出す。



「えー。喫茶店は別に構わないけど、でも俺、コスプレなんかやりたくないんだけどー」


「はい、はーい! 俺も、俺もー」


「ああ、それなら大丈夫。男はやらなくていいから」


「えっ。やらなくっていいって……」



 ぽかんとしている周りを余所に、宮夜は一人声高々に告げる。



「私はね、可愛い女の子の、可愛い格好をしている姿が見たいのよ、拝みたいのよ。

 そう言う訳だから、アンタ達男には全く興味ないわ。寧ろ、おとなしく裏方でもやっていなさいよ」


「物凄い男女差別だな。ていうか、ほとんど私情で欲望丸出しだ」


「なんだか腹が立つ言い方だけど、やらなくていいなら……」


「そうだなあ。喫茶店って飲み物やデザートを出せばいいだけだから、準備も本番も手間がかからなくて楽だし」



 散々な言われようではあるが、楽ができるのであればそれに越したことはないとばかり、男子生徒達は納得する。


 明史蕗は、ぱん! と一つ手を打ち。その場を瞬時に静めさせる。



「他に意見がないなら、これで決めちゃうけど……。でも、その前に。

 コスプレってことは、衣装がいるわよね。それはどうするの? それなりの数が必要になると思うけど、市販のものを買うとなると高そうだし、かと言って手作りは……。裁縫得意な子、ウチのクラスにはそんなにいなかったわよね?

 ねえ、宮夜。用意するの、大変なんじゃない?」


「それなら大丈夫! 衣装なら、今までに私が作ったものがたくさんあるから。それで十分足りるだろうし、もちろん、いざとなれば私が作るわ! ええ、たとえ何着だろうと、みんなの可愛い姿が拝めるなら、毎日夜鍋してでも作ってみせるわ!」


「本郷のやつ、物凄いやる気だな」


「ああ。あそこまで言われると、何も言えないよな」



 こうして、宮夜の熱意にすっかり押され。反対できる者は誰一人としておらず、また他に意見も挙がらないことから、すんなりと彼女の案で決定する。

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