5.
「いやあ、それにしても。我が弟ながら、なかなか似合ってるな。けど、まさか牡丹も女装コンテストに出るとは思わなかったぜ。その格好、そうなんだろう?」
「俺だって、ちっとも出たくなんかなかったですよ。でも、籤で決まっちゃったから仕方なく……。
で、梅吉兄さんは知ってるんですか? ウエディング・ベリーを」
「ああ。だって俺、ごっこ遊びでよくやらされていたもん、誠司くんを。
でも、女の子達がみんなしてベリー役をやりたがって、誠司くんを――俺を取り合っちゃってさ。そのせいでウチの幼稚園では、ごっこ遊びは禁止されちゃったんだよなあ」
「へえ、兄さんらしいですね……って、桜文兄さん? どうかしましたか、ぼーっとして」
「え……? ああ、うん、ごめん。大丈夫、ちょっと見惚れてただけだから」
「ぶっ!? 見惚れてたって……」
「うん。可愛いね、よく似合っていると思うよ」
本人としては、全く悪気はないのだろう。へらへらと答える兄に、牡丹は相変わらずだと。げんなりと顔を歪ませる。
「所で、桜文兄さんも知ってるんですか? ウエディング・ベリーを」
「うん、覚えてるよ。あれだよね、女の子がひらひらの服を着て敵と戦うアニメだよね」
「まさか、桜文兄さんまで知ってるなんて。なんか意外ですね」
「そうかなあ? まあ、妹が好きだったからね」
「妹って……」
(ふうん。あの菊も、こういう女の子らしいものが好きだったのか……。)
それを聞き、可愛い所もあるもんだと。普段は生意気で意地っ張りで、ちっとも可愛げが感じられない妹に、牡丹は思わずほくそ笑む。
だけど、それ故に素直には信じられず。また好奇心から詳しく話を聞こうとしたが、その手前。不意に廊下からどかどかと荒い足音が鳴り響き。ぴたりと教室の前で止まると、扉が外側から大きく開かれ――。
「こらあっ、天正! きさま、こんな所でさぼりおって……!」
そう怒声を発しながら。どかどかと大きな足音を踏み立てて、顔を真っ赤に染めた穂北が中へと入って来た。
「資材を取りに行った切り、ちっとも戻って来ないと思いきや。まさか天正三男まで、一緒になって、さぼりおって……。
おい、三男! ちゃんと次男を見張っているよう言っただろうが、一緒にさぼってどうする!」
「だって、梅吉ってば、一人で勝手にふらふら行っちゃうから。それで、気付いたらここにいたんだよ」
「そうならないよう、ちゃんと見張っていろと言ったんだろうが! 大人しく好き勝手に歩き回させてどうする!? なんのための見張りだ、意味がないだろうが! 本当に、この兄弟は揃いも揃って……。
早く教室に戻るぞ」
「早くしろ!」と、首根っこを掴まれた梅吉は、すっかりご立腹な穂北にずるずると引きずられて、教室から強制的に撤退させられる。
こうして一度は静寂を取り戻した教室も、直ぐにまた先程までの活気さを取り戻し。準備が進められていくが、牡丹は一人自身の姿を遠目から見回し。やるしかないかと諦める一方で、もうどうにでもなれと。
宮夜から当日の流れについての説明を聞きながら、半ば自棄になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます