6.

 そんな牡丹を余所に、施設の外に出た梅吉だが。いつの間に先回りしていたのか、入口の前には道松の姿があった。


 道松は鋭く尖った眉の下から、同じように鋭い瞳の奥を光らせた。



「あん……? どうしてお前がこんな所にいるんだよ」


「分かってる癖に、わざと訊くな。アイツ等は誤魔化せても、俺は騙されないぞ」


「誤魔化すって、なんのことかな?」



 飄々とした態度は一切変わることがない。くすりと口元を緩ませる梅吉に、道松はますます眉間に皺を寄せる。



「あくまで白を切るつもりか? たかが一回きりの悪戯のために、あれだけの数の写真を用意するなんて。そんな面倒な真似をお前がするものか」


「ふうん、さすがはお兄ちゃんだ。伊達に何年も一つ屋根の下で暮らしてないか」


「下手なお世辞はいらん。それより、あの写真、本当はどこで見つけたんだ?」


「どこって、家の物置部屋だよ」


「物置だと? 物置って、あの開かずの間か?」



 道松から突き刺さるほどの視線を受けながらも、梅吉は一つ頷いてみせる。



「ああ。もう何年も前になるが、あの部屋の中を探索して遊んでいた時、たまたま見つけたんだ。あそこはじいさんの私物で溢れ返っていて、色々と面白いものがあって格好の遊び場だったからな。

 今まですっかり忘れていたが、萩の話を聞いて思い出して。見直したら、その写真の子が笑えるくらい牡丹にそっくりでさ」


「物置にあったってことは、まさか、じいさんの……」


「どう考えても、その可能性が一番高いだろう」



 喉奥を詰まらせている道松とは裏腹、梅吉はその続きをさらりと述べる。


 一つ深い溜息を吐き出した後、一拍の間を有してから、

「じいさん、昔から片付けが苦手だったからな。処分されているかとも思ったが、部屋の中は相変わらず適当にものが押し込められたままで。藤助も下手に手は出せないからな、見つけた当時のまま、ガラクタに紛れてたよ」


「それで。どうするんだ?」


「どうするって、どうもしねえよ。写真の人物は、牡丹じゃなかったんだ。

 まあ、髪も肩下まで長さがあって、どの写真もほとんど笑顔で写っていて。嫌々女物の服を着せられていた牡丹の線は端から薄いだろうとは思っていたが、何かしら知っているんじゃないかと少しは期待していたのに。結局、空振りで終わっちまったからなあ」


「その写真、端の方が色褪せていて大分年季が入ってるようだが、その少女が牡丹の関係者――例えば、アイツの母親という可能性はないのか?」


「母親ねえ。けど、それなら尚更牡丹の口から何かありそうだけどな。

 それに、その可能性は直ぐにも思い付いて萩に訊ねたが、牡丹は母親とはあまり似てなかったと言ってたぞ。牡丹のあの女顔はてっきり母親譲りのものだとばかり思っていたが、どうやら違ったみたいだな」


「そうか……。

 じいさんなら、もうすぐ出張から帰って来るはずだよな。直接本人に訊くのは、やはり危険か?」


「そうだなあ。敵か味方か分からないんだ。こっちの持ち駒もまだ少ないし、勝負に出るには尚早だ。――だろう?」


「ああ……」



 そうだなと、空気混じりに後を続けながら。燦爛と瞬いている梅吉からの視線を受ける一方で、道松は虚ろかかった瞳を揺らす。


 だが、それもすぐに元の状態へと戻り。そのことを確認し終えると、梅吉は張り詰めさせていた顔を崩した。



「さてと、そろそろ次の試合が始まる頃かな。この調子で、さくっと優勝するとしますか。

 そう言う訳だから、悪いが勝たせてもらうからな」


「それはどうかな。なんせ牡丹から頼まれてるからな。お前のこと、ボコボコにしてくれって」


「げっ、マジかよ。アイツ、とことん根に持つからな。どうやってご機嫌を取るとするか……。

 まあ、とにかく。一つお手柔らかに頼むよ、お兄ちゃん」


「だから、その呼び方は止めろ」



 道松は咄嗟に腕を振り回すが、ひょいと身を屈めさせた梅吉に簡単にも避けられてしまう。


 したり顔を浮かばせる梅吉に、やはり道松の眉間には自然と皺が寄っていった。

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