5.

 こうして牡丹の戦いは、主に精神に多大なダメージを受けた上に、散々な結果で終わってしまう。



「うっ、うっ……、道松兄さん、藤助兄さん。俺の仇を取って下さい。梅吉兄さんをボコボコにっ……!」



「ボコボコにして下さい!」と今一度声を張り上げて、牡丹は涙ながらに訴える。


 あまりの盛り上がりに、いつの間にか道松と藤助も牡丹達の試合を見守っていたようで。


 次に梅吉達のクラスの対戦相手である道松達に復讐を頼み込む弟の頭を撫でながらも、藤助は大きな息を吐き出させる。



「よし、よし。今日の夕飯は、牡丹の好きなものを作ってあげるから。だから、泣かない、泣かない。それに、写真だって、ほら」


「桜文の兄貴。どうぞ、頼まれた写真です。これで全部回収できたとは思いますが」


「ああ、悪かったな。こんなことを頼んで」


「いえ。兄貴の頼みとあらば、なんでもしますよ」



 こういう時、便利だなと。舎弟達から写真を受け取っている三男を横目に、藤助は深くそう思う。



「ったく、あの馬鹿は、どこでこんな写真を手に入れたんだ?

 それにしても。この写っている幼女が牡丹なんだよな。お前、この頃からたいして顔が変わってないな」


「うん。本当に女の子みたいだね」


「ちょっと、兄さん達!? だから、見ないでくださいってば!」



 じろじろと回収した写真を眺め出す道松と桜文の手から、牡丹は無理矢理写真を奪い取る。


 だけど。



「あれ……。この写真、俺じゃない」


「えっ。この写真に写っている女の子……じゃなくて、男の子? は牡丹じゃないの?」


「はい。確かにこういう服を無理矢理着せられて写真も撮られてましたが、でも、間違いなく俺ではありません。この子の髪は長いですが俺は短かったし、背景に映っているこのお屋敷みたいな場所にも全く見覚えがありませんし……」


「本人が言うなら間違いないだろうけど。でも、それにしては牡丹にそっくりだよね。

 それじゃあ、この写真に写っている子は一体……」



 もう一度、写真をよく眺めた後で。牡丹達は揃って首を傾げさせたまま、互いの顔を見合わせる。


 すると、そんな牡丹達の元に、飄々とした調子の梅吉がやって来る。梅吉の姿を目に入れるなり、牡丹は低い声で、

「さっきはよくも騙してくれましたね……!」

と、詰め寄った。



「騙すなんて酷いじゃないですか! しかも、こんな悪質な写真まで用意して。一体どういうつもりですか?」


「ふうん。その反応だと、写真の子は牡丹じゃなかったのか」


「なかったかって、それはどういう意味ですか?」


「いやあ、その画像は偶然ネットで見つけてさ。あまりにも牡丹にそっくりだったから、本人かとも思ったんだが、なんだ、別人か。

 それにしても。まさか、ここまで簡単に騙されてくれるとは」



「思いもしていなかったぜ」と、ほけっとしている牡丹を余所に。己の作戦の成功を祝してか、梅吉はけらけらと軽快に笑い出す。



「笑いごとじゃないですよ! やっぱり梅吉兄さんは、ひとでなしの女たらしだ!」


「はい、はい。どうせ俺は、ひとでなしの女たらしですよーっだ」


「おい、開き直るな。ったく、いつも面倒ばかり起こしやがって」


「本当、道松の言う通りだよ。でも、よく見つけたね、こんな画像。

 それじゃあ、この写真の子がどこの誰かは……」


「そんなの、俺が知る訳ないだろう。匿名の掲示板にベタベタ貼ってあったものなんだから」


「でも、本当に牡丹に似てるよね。赤の他人とは思えないけど」



 じろじろと注意深く写真を眺める藤助に、梅吉はやはり一人他人事だ。



「そうは言っても、本人が違うと言ってるんだ。他人の空似だろう。よく言うじゃないか。世の中には自分とそっくりな人間が三人いるって。

 でもよう、少し考えれば分かるだろう。お前の幼少期の写真なんて、どうやって手に入れるんだよ」


「それはそうですけど、でも……。兄さんなら、どうにかできそうだなって」



 にたにたと気味の悪い笑みを浮かべている梅吉を恨めしげに眺めながら、牡丹はつまらなそうに、むすりと口を尖らせる。



「さてと。そんじゃあ俺は決勝前に、ちょっと外の空気でも吸って来るか」


「あっ。ちょっと、兄さん! 話はまだ終わってませんよ……って、行っちゃった……」



 牡丹は咄嗟に手を伸ばすが、梅吉は、すたこらと一目散に駆け出して行く。梅吉を捕まえ損ねた牡丹は悔しげに、口元を歪ませる。

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