第13戦:球技大会で天正家に一波乱あった件について

1.

 とある日の二年三組の教室にて。ホームルームの時間、黒板には、『球技大会の種目決め』と書かれている。


 がやがやと賑わっている中、牡丹は頬杖を突きながら薄ぼんやりとその文字を眺める。



「ふうん、球技大会か。こんな時期にやるんだな。

 ええと、競技はサッカーにバレー、卓球にバスケか」


「そっか。牡丹は初めてだもんな」

 前の席の竹郎が、くるりと上半身だけを後ろに回して、

「一人一種目、必ず出ないといけないんだよ。

 ちなみに総合優勝したクラスは、費用は学校持ちでの焼肉食べ放題という豪華特典付きだ」

と教えてくれる。



「へえ、焼肉か。随分と豪勢だな」



 その単語を聞いただけで、ジュージューと香ばしい音を立てて焼ける肉の姿を想像してしまい。牡丹は口の端から垂れそうになる涎を手の甲で拭い取る。



「それでは、各競技出場するメンバーを決めていきたいと思います。基本、立候補制にするので、出たい種目に手を挙げて下さい。

 まずはサッカーから……」



「出たい人は挙手して下さい」と、進行役である学級委員の古河こが明史蕗めじろの口から、本来ならそう続けられたのだろう。


 だけど、

「勝負だ、牡丹――!」

という萩の声によって、かき消されてしまう。



「おい、牡丹。足利のやつ、急にどうしたんだ?」


「どうしたもこうしたも、元々コイツはこういうやつなんだよ。昔から、直ぐに勝負、勝負ってしつこくてさ。

 おい、萩。勝負って言うけど、お前なあ。俺達は同じクラスなんだぞ、一体どうやって戦うっていうんだよ」



 牡丹が訊ねるけど、その声はどうやら本人の耳には届いていないらしい。


 萩は一人、口元に不気味な笑みを浮かべさせている。



(ふっふっふっ……。球技大会といえば、全校総出のイベントだ。クラスも学年も違う紅葉さんにアピールできる、貴重な機会だ。

 おまけに紅葉さんの前で牡丹をけちょんけちょんに叩きのめして、やつとの差を見せ付ければ。

『キャーッ、萩さん素敵! 牡丹さんと違って、萩さんって運動ができてなんてかっこいいの!』なーんて思ってもらえる、絶好のチャンス!

 そのためにも、競技選びは重要だ――。)



「そうだなあ。種目はこの四つか。

 よし、それでは俺はバスケにしよう。そういう訳だから、牡丹もバスケを選べ」



(バスケなら、背の低い牡丹には不利なはず。)



 これで紅葉の気も牡丹より自分の方に傾くに違いないと、妄想が一人歩きをし。思わず高笑いを上げる萩に、牡丹はむすりと眉間に皺を寄せる。



「おい、だから人の話を聞けよ。それと、勝手に人の出る競技を決めるんじゃない」


「なんだ、逃げる気か?

 ……ふっ、牡丹はチビだからな。チビにバスケは難しいか」


「なにおーっ!?? 誰がチビだ!? それから、チビにバスケが無理なんて、一体いつ誰が決めたんだよ!?

 ああ、分かった。その勝負、受けた! 絶対にさっきの言葉、撤回させてやるからなっ……!」



 牡丹と萩、それぞれが別々な思いを胸に。こうして当日までまだ日があるにも関わらず、既に熱く燃え上がる中――。



「うるさいっ、話が進まないじゃないの!」



「義兄弟喧嘩なら廊下でしなさい!」と、明史蕗から、二人仲良く鉄拳が飛ばされる。


 こうして二人の醜い戦いの火蓋は、こうもあっさりと切られるのであった。

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