2.

 牡丹と萩、それぞれが己のプライドを懸けて熱い闘志を燃やす中。


 そんなこんなで、球技大会当日――……。



「対戦相手は、三年三組か」



 確か梅吉兄さんと桜文兄さんのクラスだよなと、牡丹が軽くストレッチをしながら思っていると、

「天正先輩、頑張って下さーい!」

と、まだ試合が始まっていないにも関わらず、敵チームの応援席は黄色い声援が飛び交っていた。


 声のした方へ、ひらひらと軽く手を振り返している兄・梅吉。


 けれど、

「フレー、フレー、兄貴!」

と、今度は野太い声がその音を掻き消すように発せられ。出所と思わしき方に視線を向けると、そこには学ランを着込んだガタイのいい男子生徒の集団が占めていた。ドンドンッと、大太鼓の音まで鳴り響く始末だ。


 その一画に向け、梅吉は足を踏み締めながらも進んで行き、

「おい、そこ。ちょっと待て」

と、声を上げる。



「ん……? ああ、梅吉の兄貴じゃないですか。お疲れ様です。あの、何か問題でも?」


「ああ、問題だ。大問題だ。お前達の野太い声のせいで、せっかくの女の子達の可愛い声援が全部掻き消されちまうだろうが」


「そう言われましても、俺達は桜文の兄貴を応援してるだけで……」



 リーダー格だと思われる男を筆頭に、その集団は体格に似合わず揃って小さく縮み込む。


 そんな彼等に、梅吉は追い打ちをかけるよう更に詰め寄って、

「球技大会ごときで、何を即席応援団まで用意してるんだ。大体、野郎に応援されて、喜ぶ男がいるとでも思うのか?

 ほら、桜文」


「お前からも何か言ってやれよ」と、梅吉は隣になっている桜文を肘で小突いた。



「えっ、俺? そうだなあ。恥ずかしいし、できたら止めて欲しいかなって」


「何を言ってるんですか。兄貴は桜組のトップに降臨するお方です。そんな兄貴を応援するのは最早当然。恥ずかしがる必要など、どこにもありません!」


「いや、だから……」


「ああ、もう。仕方ねえなあ。

 おい、お前達。俺は桜文の兄だぞ。お前等の兄貴の、そのまた兄の言うことを素直に聞けないのか?」


「いえ、そんなことは……」



「ありません」と、言い切るよりも前に。梅吉は、じろりとひと睨み利かせ、強制退場を言い渡す。


 命じられた一団は渋々、端の方へと引っ込み。揃いも揃って、しゅんと酷く肩を落とした。



「ったく、これだから体育会系は。見ているだけで暑苦しいんだよ。

 それにしても。お前も自分の舎弟くらい、いい加減ちゃんと言うことを聞かせろよな」


「だってアイツ等、人の話をちっとも聞かなくてさ」


「だから聞かせろと言ってるんだろうが。でも、これでようやく落ち着いたな。

 そう言えば、対戦相手はどこのクラスだ?」


「二年三組だって」


「二年三組? なんだ、牡丹のクラスじゃないか」



 敵チームのコート側に牡丹の姿を見出すと、梅吉は、

「よう」

と声をかける。



「可愛い弟にこんなことを言うのはつらいが、なあに、焼肉は俺達がおいしく食べてやるからな」


「梅吉兄さんってば、まだ試合が始まってもいないじゃないですか」


「何を言ってるんだ、勝負はすでに始まってるぜ。見ろよ、この女の子の数を。

 こんなにも女の子が味方についてくれてるんだ。俺が負ける訳ないだろう」



 それは、一体どんな根拠なんだ?


 牡丹はそう思ったが、梅吉兄さんの考えることだ。さらりと流すことにする。


 だけど、そんな牡丹達の元に、

「そうですよ!」

 振り向けば、学級委員の明史蕗が立っていた。


 明史蕗は、

「先輩達には悪いですが、勝利は我が二年三組のものです」

と、きっぱりと言い切る。



「それに、私達のクラスは団結力がありますから。応援団の数だって、先輩達の親衛隊に負けてませんよ」



 ふふんと、得意気な明史蕗。だけど、梅吉の口元が、にゅっと不気味にもつり上がった。



「でもさ、明史蕗ちゃん。せっかくの球技大会だ。明史蕗ちゃんはクラスの応援じゃなくて、好きな男の応援はしたくないの?」


「それは……。そう言う訳にはいきませんよ。だって、球技大会はクラスの団結を深めるための行事ですもん。

 私だって本当は、道松先輩の応援をしたいんです。他の子達だってそうですよ。でも、みんな我慢して、クラスの冴えない男どもの応援を仕方なくしているんです」


「仕方なくねえ。応援って、嫌々するものじゃないと思うけどなあ。それに、みんなが我慢してるなら、みんなで我慢しなきゃいいだけの話だよね」



 梅吉は、一度そこで言葉を区切らせ。それから二年三組の女生徒の方に向け、営業スマイルを浮かばせながら一言。



「みんなが応援してくれたら嬉しいな」



 刹那、周りにいた女生徒達は、一斉に敵チーム――梅吉のクラスのコート側へと移動した。



「ちょっと、みんな! クラスの応援はどうするのよ!?」


「それなら明史蕗一人でお願い」


「やっぱり食べられるか分からない焼肉より、目の前の先輩よねー」



 キャッキャ、キャッキャと甲高い音を上げながら、その集団は徐々に遠ざかって行く。ぽつんと一人、明史蕗だけがその場に取り残されてしまう。


 その原因を作り出した梅吉目がけ、明史蕗は、じろりと眉をつり上げさせる。



「先輩、よくもやってくれましたねっ……!」


「明史蕗ちゃんってば、人聞きが悪いなあ。別に俺は何もやってないよ。ただ本当のことを言っただけさ」



 梅吉一人のせいで、二年三組陣営は、すっかり閑散とした空気を放っていた。牡丹はその様子を、乾いた笑みをこぼして見守るしかない。



「おい。ウチのクラスの女子全員、敵に回ったぞ」



「これが格差社会というものか。世知辛い世の中だよな」

と、梅吉が言っていた通り、始まる前から既に勝敗の色は強く滲み出てしまっている。


 やはり年頃の男子としては、女の子の応援は士気に大きく関わるものだ。


 誰もがしみじみと現実を思い知らされている中、しかし。一人だけ、萩だけは平然とした顔をして、

「別に女子の応援なんかいらないだろう。どうせアイツ等、いたって口煩いだけなんだ。寧ろ、いない方がプレーに集中できて、清々するぜ」

 そう周りに言い聞かせる。

 

 萩の話を聞いた男子達は、確かにと頷き合い。



「言われてみれば、それもそうだな。

 さっきの試合だって、天正先輩を応援している時みたいな、甲高い声なんか全然出ていなかったよな。どうせ応援されるなら、可愛い声でされたいもんな」


「そうだな、嫌々応援されてもなあ。

 なんだよ。足利も、たまには良いことを言うじゃないか。

 よーし、裏切り者の女子抜きで、俺達だけで総合優勝して焼肉打ち上げだ!」



「絶対に勝つぞーっ!!」と、男達の間で一層と団結が深まった。


 だが、それはそれで、むなしくないか? と、異様な熱を帯びている空気に対して、竹郎は一人、冷静に状況を分析した。

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