2.

「もももっ、紅葉さん!?」


「あれ? えっと、あなたは確か牡丹さんの弟さんですよね? どうしてここに……」


「はいっ、覚えていただけていて光栄です! 自分は足利萩といいます。父の仕事の都合で転校して参りました。以後、お見知り置きを」


「えっ、そうなんですか? えっと、こちらこそよろしくお願いしますね」



 紅葉さんは、ふわりと。俺に優しく微笑んでくれる。


 やっぱり可愛い……!


 今度こそ絶対に、紅葉さんを彼女に。そして行く末は結婚して、温かな家庭を築くんだ……!


 俺がそう決意を固めている傍ら、だけど、紅葉さんは、すいと俺の脇を通り過ぎて牡丹の前に移動する。それから、徐に可愛らしくラッピングされた袋を突き出した。



「あっ、あの、牡丹さん。その、昨日、クッキーを焼いたんですけど、良かったらどうぞっ!」


「えっ。もらってもいいのか?」


「はっ、はい! ぜひっ……!」



「どうぞ!」と、やや前のめりになって差し出す紅葉さんの手から、牡丹はクッキーを受け取る。すると、紅葉さんの、ただでさえ赤かった頬は、さらに熟した林檎みたく赤く染まる。


 瞬間――、俺の体はびしりと固く凍り付き。次第に力が抜けていくと、とうとうがくりと膝からその場に崩れ落ちた。


 なんで……、どうしていつも、いつも、こうなんだっ……!


 幼稚園の時も小学生の時も、ましてや中学生の時だって。俺が好きになる子は、なぜか必ず牡丹のことが好きで。告白する度に、アイツのせいで振られ続けたこと三連敗……。


 女なんて好きにならんと訳の分からぬことを抜かしているにも関わらず、しれっとした顔で、いつも俺の恋路を邪魔しやがって……!



「ふっ、ふふっ……、ふふふっ、ははっ。ははははっ、牡丹よ。しばらく見ない間に、お前も随分とつまらん男に成り下がったな……!」


「おい、急にどうしたんだよ。変な声なんか出して。保健室に行った方が良いんじゃないか?」


「ええいっ、余計なお世話だ! 敵に情けをかけられて堪るか。

 女なんか好きにならないと言っていた癖に、俺が目を離した隙に彼女など作りやがって……!」


「はあ……? 突然何を言い出すんだよ」


「とぼけるのもいい加減にしろ! この間は、よくも異母妹の友達などと戯言を抜かしてくれたなっ!」


「だから、さっきから何を言ってるんだよ?」


「だーっ!! この、すっとこどっこい!

 紅葉さんという彼女がいながら、どこまで白を切るつもりなんだ!? ……って、あれ。違うのか……?」



 ぽかんと間抜け面を浮かばせる牡丹と紅葉さんの反応を見比べながら、俺はようやく確信へと辿り着く。


 なんだ、二人が付き合っているなんて、俺の勘違いか。そうだよな。あの恋愛拒絶症の牡丹に限って、彼女ができるはずない。つまりは紅葉さんの片思いか。


 と言うことは、俺にもまだチャンスはあるということで……。


 ああ、そうだ。この因縁を断ち切り今までの雪辱を果たす為にも、今度こそ……。


 今度こそ、絶対に負けるものかっ――!! 


 俺は拳を強く天井に突き上げると、早速牡丹に狙いを定める。



「おい、牡丹。今回だけは、そのクッキーは譲ってやる。けど、この次は絶対に渡さないからな!」



 俺はそう宣言すると、一人教室から出て行った。

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