3.

 そんなこんなで、思わぬ人物の襲来に俺は無駄に疲れ。すっかり重たく感じる体を引きずるようにしながら家路へと着く。


 玄関を通りリビングの扉を開け、中に入るといつも通り藤助兄さんが出迎えてくれた。



「おかえり、牡丹」


「ただいま……って、ちょっと待った!」



 俺は目の端に映り込んだ人物に向け、

「どうしてお前がウチにいるんだよ!?」

 大声を出さずにはいられなかった。


 テーブルを挟んで藤助兄さんと対面するよう、我が物顔でソファに座り込んでいる人物――萩に俺は詰め寄る。


 だけど、一方の萩は、顔色一つ変えない。返事の代わりとばかり、ティーカップへと口を付ける。



「おい、萩ってば。人の話を聞いてるのか? おい!」


「まあ、まあ。牡丹、少しは落ち着いて。萩くん、引っ越しの挨拶に来たんだよ。

 ほら、見てこれ。洗剤もらっちゃった」



 にこにこと嬉しそうに、顔の脇に洗剤セットを掲げる藤助兄さん。


 俺は、相変わらずな藤助兄さんに、薄らと苦笑いをする。



「引っ越しって……。だからって、どうしてわざわざウチにまで挨拶に来るんだよ。近所だけで十分じゃないか」


「だから、近所なんだよ」


「えっ、近所って?」



 藤助兄さんは庭へと続く引き違い窓から外を指差して示し、

「えっと……。ほら、斜め向かいのあのアパート」

 あそこに住んでいるんだってと、教えてくれる。



「なっ、なっ……。なんであんな近くに住んでるんだよっ!?」


「あそこのアパート、萩くんの伯父さんが経営してるんだって。すごい偶然だよね」



 半ば感心している藤助の横で、萩はこくんと小さく頷き、

「……そういうことだ」

 そう、さらりと述べた。


 だけど、かと言って簡単に納得できる訳もない。



「そんな偶然、あって堪るかっ!」



 俺は大声で反論をする。



「そんなこと言われても、本当のことなんだから仕方ないだろう。俺だって、好きであそこに住んでる訳じゃない」


「もう、二人とも。また喧嘩して……。

 あっ、そうだ。萩くん、良かったらウチで夕飯食べていかない? カレーなんだけど、少し作り過ぎちゃったんだ」


「いえ、結構です。元・兄の異母兄弟の方々の世話になる訳には……」



「いきませんから」萩はおそらく、そう続けるつもりだったんだろう。


 だけど。



「ただいま」


「あの、お邪魔します」


「おかえり、菊。紅葉さんもいらっしゃい。

 あっ、紅葉さん。良かったらウチで夕飯食べていかない?」


「えっ、いいんですか? わあっ、藤助さんの作ったお料理が食べられるなんて嬉しいです。それなら、お言葉に甘えさせていただきますね」



 ふふっと嬉しそうに微笑む紅葉に続いて、

「先程の申し出、謹んでお受けいたします」

と、萩はなぜか言い直した。



「おい、なんでお前がウチで夕飯を食べるんだよ!? 引っ越しの挨拶なら済んだろう、さっさと帰れよ」


「うるせえなあ。どこで何をしようと、俺の勝手だろう」



 やはりつんと顔を背けさせる萩に、俺は、怒りが込み上げたが、

「勝手にしろ」

 これ以上は何を言っても無駄だと悟り。そう吐き捨てると、やや乱暴な足取りで部屋から出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る