第12戦:元義理の弟が再襲撃してきた件について

1.

 長くて短い夏休みも終わり、新学期早々――……。



「それで。結局どうしてお前がここにいるんだよ?」

と、俺はこれでもかと言うほど眉間に皺を寄せ。じろりとその人物――萩を睨み付ける。


 だけど、一方の萩は、俺の視線をさらりと躱し。飄々とした様子で、

「俺だって好きでこんな所に来た訳じゃない」

と返す。



「親父が突然、海外に転勤することに決まったんだよ。でも、期間が一年だけだから、俺は日本に残ることにしたんだ。

 けど、親父がやたらと心配するから、その間、仕方なく伯父さんの所で世話になることになったんだよ」



 そう言えば、萩の親戚は千葉に住んでるって言ってたっけ。 


 今更ながらそのことを思い出すけど、最早なんの役にも立たない。変わらぬ現実に、結局は自然と眉間に皺が寄っただけだ。



「そう言う訳だから、この前の話は取り敢えず保留だ。親父が日本に戻って来るまでの一年、精々今の生活を楽しむんだな」


「だから、誰もまだ戻るなんて言ってないだろう。勝手に決めるなよ」



 俺が即座に反撃に出るが、取りつく島もなく。言いたいことを一方的に述べると、萩はつんと顔を背ける。


 そんな元・義弟の態度に、それでも俺はめげずに文句を言おうとしたが、それは横から割り込んで来た人影によって遮られてしまう。



「ねえ、ねえ。足利くんって、牡丹くんとどういう関係なの? さっき、兄さんとか言ってたけど」

 いつの間にか集まっていたクラスの女子が、萩に訊ねる。


 だけど、

「なんでそんなこと教えないといけないんだよ。お前達には関係ないだろう」

と、萩はきっぱりと返す。



「なによ。クラスメイトなんだし、少しくらい教えてくれてもいいじゃない」



 クラスの女子が根気よく話しかけるが、萩は誰の質問にも応じようとしない。


 その様子を眺めていた竹郎が、

「ふうん。足利ってもしかして、女嫌いなのか? 顔は似てないけど、そういう所は牡丹とそっくりだな」


「はあ、俺と萩が似てるって? 俺達は一切血の繋がりなんてないし、それに、別に俺は女嫌いな訳じゃないぞ」


「でも、牡丹は誰のことも好きにならないんだろう?」


「それは、そうだけど……」



 痛い所を的確に突いて来る竹郎に、俺は跋の悪い顔を浮かべさせる。


 ていうか、そもそも萩って女嫌いだったっけ? そう言えば、萩が女子といる所はあまり見たことがないような……。


 改めて言われてみると、実際はどうなんだとろう。


 俺は思い返そうとしたが、またしても不意に横から現れた影により、呆気なくも邪魔されてしまう。



「よう、可愛い弟よ」


「げっ、梅吉兄さん……!?」


「おい、おい。せっかく愛しのお兄様が来たというに、なにが『げっ』なんだよ?」


「だって、兄さんが来ると、いつもろくなことが起こらないじゃないですか。

 それで、何しに来たんですか?」


「何って、ジャージを忘れたから借りに来たんだよ。という訳だから、牡丹、貸してくれって、……ん? あれ、お前は牡丹の……。

 どうしてこんな所に萩がいるんだ?」


「転校して来たんですよ」


「へえ、そうなのか。ふうん。わざわざ追いかけて来るなんて、そんなに牡丹のことが恋しかったのか。

 そういやあ、まだ名乗ってなかったよな。俺は天正梅吉。天正家次男・牡丹のお兄様だ。それから、まだ謝ってなかったっけ。ごめんな、愛しのお兄ちゃんを俺達がもらっちゃって」


「別に。愛しくもなんともないです。そんな馬鹿兄貴」


「あれ、そうなのか? それはまた。俺はてっきりそうだと思ってたんだけどなあ。だって、わざわざウチに乗り込んでまで、牡丹を連れ戻しに来たくらいだ」



 梅吉兄さんは、にっと頬の端を徐々に上げていき、白い歯を覗かせる。


 それを見せ付けられた萩は、すっと冷淡な瞳を揺らして。



「俺は別にコイツのこと、なんとも思ってません。正直清々しています。

 けど、再婚相手が亡くなった途端、その連れ子が出て行ったとなると、まるで俺達が追い出したみたいじゃないですか。

 だから、牡丹には戻って来てもらわないと、俺達が世間から非難されるんです」


「ふうん、成程ね。確かにそれは体裁が悪いな」



 簡単に納得する梅吉兄さんを余所に、萩は「それに……」と、小さく呟き。



「その馬鹿兄貴の行き先が、まさか腹違いの兄弟の所で。七人もいたこと自体ふざけた話なのに、一つ屋根の下に集まって暮らしているなんて。俺なら恥ずかしくて、とてもそんな環境で生活なんかできませんよ」



 刹那、冷やかな空気が一瞬の内に教室中へと広がっていき。ぴしりとその場は凍り付く。


 だけど、その中でも萩だけは表情が変わっていない。梅吉兄さんは、そんな萩をじっと捉えた。



「へえ、ほう。随分と言ってくれるじゃないか。可愛い弟の義理の弟だから、優しくしてやろうと思ったんだが」


「別に結構です。そんな余計な気遣い、いりませんから」



 そう言い合うと、梅吉兄さんと萩は、バチバチと激しい火花を散らし合う。


 お互いに一歩も引くことなく、じっと睨み続ける二人でだったが、とうとう梅吉兄さんが先に視線を逸らした。


 だけど。



「あっ。あんな所に紅葉ちゃんが」



 萩は梅吉兄さんが指差した方へ、勢い良く振り返る。だけど、そこには誰もいない。


 萩はすぐに顔を元に戻すと、にたにたと気味の悪い笑みを浮かばせている梅吉兄さんを鋭く睨み付けた。



「あれえ、おかしいなあ。紅葉ちゃんがいたと思ったんだが、俺の見間違いかー」


「……あの、一体どういうつもりですか?」


「どういうって、別にいー。紅葉ちゃんがいたと思ったから……って、噂をすれば。今度こそ本当に紅葉ちゃんだ。

 おーい、紅葉ちゃーん!」


「二度も同じ手には引っかかりませんよ」



 萩はますます瞳を鋭かせ、彼の後方に向かって手を振る梅吉兄さんを睨み付ける。



「あれ、梅吉さん」



「こんにちは」と続けられた聞き覚えのある声に、萩はまたしても瞬時に首を後ろに回した。


 ひらひらと梅吉兄さんに手を振り返す紅葉の姿を捉えると、萩は勢いよくその場で跳ね上がった。

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