5.

 こうして俺の家出騒動は、僅か三日程度で終わりを迎え。それに伴うよう、長くて短い夏休みも、あっという間に過ぎ去った。


 新学期初日――……。



「それであの後、えっと、萩だっけ? 結局の所、そいつは来たのか?」

と訊ねる竹郎に、

「いいや、それが全然。もう一回くらいは乗り込んで来ると思っていたんだけどなあ」



 萩の性格から言って、あのまま簡単に引き下がるはずがない。そう考えたが、その予想はどうやら外れてしまったようだ。


 萩達ともいずれ、きちんと向き合わないとな。そんなことを薄らと考えていると、竹郎が急に話題を変えた。



「そう言えば、このクラスに転校生が来るらしいぞ。男女どっちかまでは分からなかったけどさ」


「へえ、そうなんだ。転校生か。でも、そんな情報、どこから仕入れたんだ?」


「ふっふっふっ……。新聞部次期部長候補である俺の手にかかれば、それくらいの情報なら簡単に仕入れられるぜ。ただし、入手方法は企業秘密で明かせないけどな」



 ははは……と気味の悪い高笑いが後へと続けられるが、それはチャイムの音により呆気なくも掻き消された。


 その音が鳴り止むと、すぐに担任がのたのたと教室の中に入って来た。



「え-、ホームルームを始めるが、その前に。転校生を紹介する」



 担任の声に合わせ、教室中騒々しくなる傍ら。竹郎は、言った通りだろうと、得意気な面を浮かばせる。


「可愛い子だといいなあ」と呟きながら、竹郎は後ろに向けていた体を前に戻し、じっと扉へと視線を定める。



「おーい、足利。中に入って来い」


「……ん、足利? 足利って……」



 まさか――と、思った刹那。



「なっ……、ななな、なんで、どうしてお前がっ……」



「ここにいるんだよ――!!?」俺は思わず椅子から立ち上がり、その衝撃で、がたんと俺の椅子が大きな音を立てて後ろに倒れた。


 教室はすっかり静まり返るが、黒板の前に立っている男子生徒はしれっとした顔のまま、ゆっくりと薄い唇を開いていく。



「言っただろう。このまま引き下がると思うなよって。

 そういう訳だから、嫌だけどよろしくしてやるよ。牡丹兄さん――」


「なにが『よろしくしてやる』だ! 誰がよろしくされるか。それと。

 だから、どうして兄さんって呼ぶんだよーっ!!!」



 俺の声は朝の深閑とした空気にすぐにも呑み込まれ、跡形もなく綺麗さっぱり無惨にも消えてしまう。が、一方の嵐はと言えば。決して過ぎ去ることはなく、どうやら俺の周囲に留まり続けるようであり……。


 俺はもう一度、自分の頬を抓りながら。嘘だろう――!?? と、心の中で思い切り叫んだ。

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