4.
俺が天正家を出てから、三日が経過するも――……。
「おーい、竹郎。夕飯、できたぞ」
「おっ、できたか。いやあ、悪いね。いつも作ってもらっちゃって」
「いいって、そんな。世話になってるのはこっちなんだし」
せめてこれくらいは、な。
俺はお盆に乗せた皿を、次々とテーブルの上に並べていく。準備が整うと、俺と竹郎は同時に手を合わせた。
「はーっ……。やっぱ夏でも味噌汁は欠かせないよな。あー、うまい。
それにしても。まさか牡丹が料理できたなんてな」
「そうか? まあ、前はよく作ってたし」
「それでさ。別に急かす訳じゃないけど、いつになったら話に行くんだ?」
「それは、その。だから、その内……」
「その台詞、昨日も聞いたぞ」
さらりと間髪入れずに返して来る竹郎に、俺は思わずふいと顔を背ける。
竹郎に言われなくても分かってる。だけど、いざとなると、つい尻込みしてしまう。結局俺は、だらだらと竹郎の元で厄介になっていた。
竹郎は、
「まっ、俺としては、好きなだけ居てもいいけどさ。
……ただし、お前が居たければの話だけど」
と、些か物騒な台詞を呟くと、急に外から、「おーい!」
と、機械混じりではあったが、聞き覚えのある声が聞こえ。俺は思わず、飲みかけていた味噌汁を吹き出しそうになる。
俺は箸を置くと這うようにして部屋の奥へと進み。引き違い窓を開け放つと、そのまま勢いを殺すことなくベランダへと飛び出した。
すると、窓の下には予想通り。何故か拡声器を手にした梅吉兄さんと、それから道松兄さんに藤助兄さん、桜文兄さんの四人が揃っていた。
「なんで、どうして兄さん達がここに……」
「そんなの、俺が教えたからに決まってるだろう」
竹郎は、さらりと。いつの間にか隣に並ぶと、悪びれた様子もなく飄々と告げる。
敵は本能寺に在りとは、まさにこのことだよな。
そんな考えが頭を過ぎる中、俺は裏切り者の友人を軽く睨み付けた。
その間にも梅吉兄さんは拡声器を口元に当て、
「えー、天正牡丹。君は完全に包囲されている。無駄な抵抗はせず、速やかに投降しなさい」
「ちょっと、梅吉ってば。拡声器は使うなって言っただろう。近所迷惑だってば!」
「そんなこと言われても、声を張り上げるの疲れるんだよ。それに、こっちの方が大きな声を出せるしな。
えー、そう言う訳だから、可愛い弟よ。家出ごっこは、十分に満喫しただろう。早く家に帰るぞ。話なら、家でゆっくり茶でも飲みながら聞いてやるからさ」
「そうだよ、牡丹。みんな、家で待ってるから。だから帰ろう」
やんや、やんやと下から叫ばれ。その騒ぎに両隣の部屋だけに留まらず、マンション中の窓が次々と開いて、中からひょいと人が出て来る。また、近場の路上を歩いていた通行人も何事かと足を止め、騒動の元凶達を遠目に眺めていた。
その様子を、俺は頬に熱を集めながらも見下ろし、
「帰るって、でも……。だって俺は……、俺はっ……!」
俺は親父と同じことをしたんだ。そんな俺に、あそこにいられる資格なんて……。
そんな資格、ある訳ない。
そう叫ぼうとした。
だけど。
「あのよう。何を考えてるか知らねえが、お前は誰がなんと言おうと、天正家六男・天正牡丹だ。
それから、前にも言っただろう。生憎、俺達は一人じゃないって。お前が一人で背負ってるもん、俺達も一緒に背負ってやるって」
「男に二言はないんだぜ」と、白い歯を覗かせながら。梅吉兄さんは、相変わらず機械混じりの音を上げる。
その声を遠くに聞きながらも、俺はぺたりとその場に座り込む。
「ははっ、兄さん達ってば。相変わらずやることが滅茶苦茶で、馬鹿なんだから……」
本当、俺のことなんか放って置けばいいのに。
……いいや、馬鹿なのは俺の方だ。その半分に……、そのたった半分に、今までどれだけ救われてきたか。
そのことをすっかり忘れていたなんて。
「本当に馬鹿だ……」と、崩れ落ちた姿勢のまま。俺はもう一度、自分に言い聞かせるよう。空気混じりの音ではあったが、静かにそう繰り返させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます