7.

 時は移り、時刻は亥の刻――。



「で、成果の方はどうだ?」と、梅吉兄さんは、藤助兄さんに問いかける。



 天正家の食卓では、第九十三回天正家・家族会議がひっそりと開かれていた。集まったメンバーは前回と同様、菊と芒を除いた残りの面子だ。


 みんなの視線が集まる中、藤助兄さんは、静かに首を左右に振った。



「まあ、こんな短期間ではそんなもんか。こういうのって数ヶ月続けてこそで、直ぐには結果が出ないからな」



 分かってはいたけど、それでも落胆の色は隠し切れない。


 すっかり沈んだ空気が流れる中、それでも俺は、おずおずと片手を挙げた。



「あ、あのう。これ、あまり多くはないんですけど……」



「良かったら足しにして下さい!」俺はおそる、おそる何枚かの野口さんをテーブルの真ん中に置いた。


 それを合図とばかり、兄さん達は互いに見つめ合うと、はあ……と、同時に深い息を吐き出した。



「へっ!? あの、俺、何かしましたか?」


「いや、別に。結局、みんな考えることは同じかと思っただけだ」


「えっ? 同じって……」



 ぽかんと目を点にしている俺に、みんなそれぞれ自分の財布を片手に掲げて見せた。



「ほら、俺の分だ」


「俺も。今月のこづかい、ほとんど使っちまってそんなにないけどな」


「へへっ。はい、俺の分も」


「どうぞ、気持ちばかりですが使って下さい」


「ごめん、みんな……」


「なんで藤助が謝るんだよ」


「そうですよ。藤助兄さんは何も悪くありませんよ」


「うん、ありがとう。取り敢えず写真で儲けた分も合わせて、これだけあれば、二、三枚くらいは買えるかな」


「ああ、あとは菊に渡すだけだな。それじゃあ……」



「しっかり頼んだぞ」と言った梅吉兄さんに並ぶよう、俺と菖蒲、それから桜文兄さんは、リビングに置かれているソファの陰に身を隠し。食卓の方をうかがっている。


 そこには道松兄さんと藤助兄さんが並んで座っていて、それから二人に向かい合う形で菊が腰をかけている。三人が席に着いてから数分が経過するが、お互いに黙り込んだまま。たまにお茶を啜る音ばかりが閑散としたその場に響き渡る。


 すっかり重苦しい空気が流れている中、だけど、それを引き裂くよう、

「それで。話って、なに?」

と、ようやく菊が口を開いた。



「えっと、それは……。あの、これ……!」


「なに、これ。お金?」



 藤助兄さんが差し出した、細長いサイズの茶封筒を菊は受け取り。中身を開け、こてんと首を傾げさせる。


 一向に理解できず頭上にいくつものクエスチョンマークを浮かべている菊を前に、藤助兄さんは、つんつんと肘で隣の道松兄さんの腹の辺りを軽く突いた。



「その、なんだ。そんなに多くはないが、これで必要な物を買いなさい」


「必要なものって?」


「だから、それは……。必要なものは、必要なものだ」


「……いらない」


「うん、うん。菊も受け取ったことだし、これでこの話もおしまい……って、ええっ! なんで!?」


「なんでって、いらないから。必要なものなんてないし」



 菊はいつもの調子で言い退けると、ぴらりと封筒を藤助兄さん達の前に置いた。


 それに対し、道松兄さんは椅子から立ち上がり、

「何を言ってるんだ! あるだろう、必要なものが!」

と、声を荒げる。



「別にないって」


「嘘を吐くな、嘘を!」


「嘘なんか吐いてない!」



 ああ言えばこう言う妹に、道松兄さんはお手上げとばかり、眉間に皺を寄せていく。


 だけど、ふうと短い息を吐き出して調子を整えると、ゆっくりと面を上げていく。



「……お前、無理して合わないサイズの下着を使ってるだろう?」


「――っ!? そんなこと……」



「ない」菊はぽつりと、蚊の鳴くような声で呟く。


 辛うじて聞き取ったその音に、道松兄さんは眉間に込めた力を若干だけど緩めさせた。



「そんなことない訳ないだろう。無理しないで、この金で新しいのをちゃんと買え」


「……このお金、どうしたの?」


「どうしたって、それは、その……」


「最近、みんなのおかずの量だけ減って、ご飯のおかわりもしてない理由がこれ? 兄さん達の写真まで売ってたって聞いたけど」


「そっ、そんなこと……。お前が気にかける必要はない」


「本当のことを教えてくれないなら、尚更受け取れない」


「受け取れないって、いいから黙って受け取るんだ」


「いらない」


「あのなあ……。ったく、どうしてそこまで無理するんだ」


「だから無理なんかしてないし、第一、そんなこと、兄さん達には関係ない!」


「関係ないって……。

 兄として妹に無理なんかさせられるか! いいから受け取るんだ!」


「嫌! 

 ……こんなお金、絶対に受け取らないからっ――!」



 だんっ――! と、両手で机を強く叩き付け。菊は拒否を貫いた。椅子から立ち上がると、そのまま足を踏み鳴らしながらリビングから出て行く。


 そのたくましい後ろ姿に、ひゅう……と木枯らしが荒んだ。



「あーあ。見事に失敗したな」


「菊ってば、どうして受け取らないんだよお……」



 最後の障壁は、当事者にありと言った所だろうか。話も円満に収まるかと思いきや、思い描いた未来とは程遠く。まさかの落とし穴に、すっかりはまってしまったようだ。どうやら引き続き、緊急家族会議が開かれることは明白だ。


 しくしくと藤助兄さんの沈んだ声ばかりが、むなしくその場に木霊し続けた。

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