8.
「うっ、うっ……。せっかくお金が集まったのに、どうして受け取ってくれないんだよう……」
菊が去ったリビングで、藤助兄さんは嗚咽を漏らす。そんな兄さんの肩を、梅吉兄さんがぽんと叩いた。
「おい、藤助。いい加減、泣き止めよ。それより次の作戦会議だ。
でも、菊のやつ。まさか、写真のことまで知ってたなんてなあ」
「そりゃあ、あれだけ大騒ぎすれば、嫌でもばれますって」
寧ろ気付かれないとでも思っていたのか。
俺は、平然とした調子の梅吉兄さんをじとりと見つめた。
「それにしても。口には出さなくとも、菊も気にしてたんですね……って、藤助兄さん? どうしました? 目の焦点が合ってませんけど」
「いや、その……。本当は紅葉さんに言われる前に、俺達がちゃんと気付いてあげないといけなかったんだよなって。
菊は、ほら。人一倍意地っ張りで、不器用で。言いたいことも素直に言えない性格で。それに、女の子だもんな。男の俺達には言い辛いことだって色々あって……。
もし俺達の中に一人でも女の子がいたら、少しは違ってたんだろうなって。そう思うと……」
藤助兄さんってば、そんなことを思ってたんだ。
確かに兄さんの言う通りかもしれない。俺達の中にもう一人女の子がいれば、もしかしたら違ったのかもしれない。
だけど、やっぱり梅吉兄さんが、
「おい、おい。たられば話をした所で、仕方ないだろう」
状況が変わる訳でもないんだからと、話を変えさせる。
「それより問題は、どうやって菊に受け取る気にさせるかだ。一度ああなると、菊は絶対に折れないからな。
菊が金を受け取らない以上、いっそ俺達で買って渡した方が早いんじゃないか?」
「買うって、女性用の下着を? 一体誰が買いに行くんだよ」
自分は絶対に嫌だと主張する藤助兄さんに、
「そんなの、牡丹でいいだろう」
と、梅吉兄さんは、さらりと言った。
そう、そう。おれで……って。
「ちょっと待ってください! どうして俺なんですかっ!?」
「そんなの、牡丹が女顔だからだろ。おまけに背も低いし、スカートでも履けば、お前なら女の子だって誤魔化せるって」
「俺は女顔じゃないし、背だって、今はその、あれですけど……。でも、すぐに伸びるんですっ!!」
「なんだ。気にしてたのか」
それは悪かったなと梅吉兄さんは、全く心のこもってない謝罪をする。
本当に梅吉兄さんはデリカシーがない。
そんな梅吉兄さんの提案に、誰も名乗り出る訳がない。なのに、梅吉兄さんは、一人呆れた顔をしている。
「おい、おい。そんなに拒絶するほどかあ? 今は男が自分好みのものを平気で女の子にプレゼントする時代だぜ? たかが下着の一枚や二枚、可愛い妹のためなら尚更買えるけどな」
「だったら、梅吉が買って来てよ。なんだ、これで話もまとまったな」
良かったと藤助兄さんは、現金にも急に拓けた明るい未来に、ぱあっと表情を晴らす。
だけど。
「あのよう、藤助。喜んでる所悪いが、なに、女物の下着を買いに行くのは別に構わないんだよ。だけど、問題はサイズだよ、サイズ」
「えっ、サイズって?」
「俺、菊のスリーサイズなんて知らないぞ」
「あ……」
誰もが解決したと思ったのに。それなのに、遠くの方に広がっていた眩い明日は、一瞬の内に、がらがらと音を立てて崩れ去った。
「いやあ、大体のサイズなら想像付くが、細かい数字までとなるとさすがになあ。誰か知ってるやつは……って、いる訳ないか」
「直接本人になんて聞けないし、聞いた所で絶対に教えてくれる訳もないし」
「こうなったら、寝ている隙にでも測定するか?」
「そんなことしてばれたら、それこそ一生口を利いてもらえなくなるぞ!」
「何を考えているんだ!」と、藤助兄さんは素っ頓狂な音を上げる。
「だって、他に方法なんて思い付かないしー」
「それ以前に俺達がプレゼントした所で、どちらにしても菊が素直に受け取るとは思えないんだが」
「何がなんでも、菊本人にお金を受け取らせるしかないってことですね」
結局、話は堂々巡りをし、戻るべき所に戻って来た。
二進も三進もいかない様に、俺を始め天正家の兄さん達の悩ましい夜は、刻一刻と更けていった。
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