2.
「えーっ!?? それじゃあ、牡丹さん。公演、観に来てくれないのーっ!?」
登校して来て早々、菊ちゃんから聞いた話に、私は思わず大きな声を出してしまった。慌てて口を押さえたけど、菊ちゃんから、「うるさいわね」と怒られてしまう。
「仕方ないじゃない。アイツのこと、すっかり忘れてて。チケットを確保し損ねたんだから」
「そんなあ! せっかく牡丹さんが観に来てくれると思ってたのに……」
「なによ、悪かったわね。大体、紅葉は裏方じゃない。舞台に上がる訳でもないのに、アイツが観に来た所でなんだっていうのよ」
「そんなことないよ! だって、同じ場所にいられるだけでドキドキするじゃない。それに、もしかしたら話す機会もあるかもしれないし」
牡丹さんとは、学年もクラスも違うんだもん。普段、なかなか会うことはできない。
だからどんな些細なことでも、牡丹さんに会える機会があるなら。それを逃したくはない。
今度の公演だって、そう。裏方の私は、本番当日は受付係だから、牡丹さんが差し出したチケットの半券を、もしかしたら私がもぎるかもしれない。その時に、一言、二言、話ができれば……。
ついそんなことを想像していると、横から菊ちゃんが、
「ちょっと、紅葉。妄想するのは勝手だけど、むなしくならないの?」
なんて、いじわるなことを言ってきた。
「もう、菊ちゃんってば。分かってるもん。チケットがない限り、牡丹さんは来られないことくらい。
はああ……。せっかく牡丹さんとの仲を進展させられるチャンスだと思ったのに……」
「悪かったわね。アイツの分だけチケットを用意し忘れて」
「そうなんだよね。問題は、チケットなんだよね。チケットさえあれば簡単に解決するのに……って、あれ。ちょっと待って。
そう言えば私、手持ちにまだチケットが……」
あったかもしれない……!
急いで制服のポケットを漁ってみると……、あっ、あった、あった! お目当ての、二枚の長方形の紙切れが入ってた。
良かった、残ってて。あとはこれを牡丹さんにあげるだけ……。
私はそのチケットを、ぎゅっと大事に握り締めてから、
「はい、菊ちゃん」
と、菊ちゃんに渡した。
だけど、菊ちゃんは、
「はあ、なに?」
なんて、とぼけた返答をした。
「なにって、今度はちゃんと牡丹さんに渡してあげてね」
「なんで私が」
「なんでって、牡丹さんは菊ちゃんのお兄さんでしょう?」
「あんなやつ、兄じゃないわよ」
「またそんなこと言って! 菊ちゃんは牡丹さんの何が気に食わないの?」
「それは……って、とにかく私は嫌よ。今更そんな真似できない。
それに、そんなに観に来て欲しいなら、自分で渡しなさいよ。それこそあなたの言う話すチャンスだと思うけど」
チャンス――。
その単語は、今の私の中で大きく反響した。
「そっか。確かにチャンスだよね……」
「そうだよね」と、私はもう一度繰り返す。
それから、どうやって牡丹に渡そうかと、私は考え出す。すると、菊ちゃんは大変そうねと、私に憐みの視線を向けた。
「ねえ。そんなにアイツに観に来て欲しいの?」
「へへっ、もちろんだよ。だって、たとえどんなに小さな可能性でも、もしかしたらそこから発展するかもしれないじゃない。
たった一言でもいいの。もし言葉を交わせたら、それだけでも次に繋がると思うから」
「ふうん。可能性ね……」
菊ちゃんは、小さな声だったけど、でも、珍しく、「そうね」と同意してくれた。
だけど、その呟きは、始業を告げるチャイムの音によって、半分ほど掻き消されてしまっていた。
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