第5戦:異母妹にも良い所があった件について

1.

 きらきらと眩い朝日が細かな光を溢しながら世界を照らしている、麗かな日曜日――。


 ちゅんちゅんと小鳥の囀りを子守唄に、すっかり夢心地に浸っていた俺だが、しかし。



「牡丹お兄ちゃん! おっきろー!!」


「ぐふっ!??」



 どたどたと慌しい雑音が、せっかくの心地良い音色を掻き消すと同時。腹の辺りに、突如鈍い衝撃が降って来る。


 その痛みに、しまった――! と、後悔するも遅く。俺の背中は自然と丸まり、腹を押さえ込む。



「牡丹お兄ちゃん! 朝だよ、起きろー!」


「おい、芒。たまの休みくらい、ゆっくり寝させてくれよ」


「駄目だよ。休みの日だろうと、早寝早起きしないと。それに、朝ご飯だって、もうできてるんだから」



「早く来ないと冷めちゃうよー」と、とたとたと軽い足取りで部屋を出て行く末っ子に。子供は朝から元気で良いよなと。


 俺は一種の羨望の眼差しを向けながらも、ずるずると重い足取りでベッドの中から抜け出した。



「ふわあ……、おはよう」


「おはよう、牡丹。なんだかまだ眠そうだな」


「はい。次の日が休みだと思ったら、つい夜更かししちゃって……」



 むにゃむにゃとまだ開き切っていない眼を擦りながら、俺は自分の席に着き。眠気覚ましに、藤助兄さんが注いでくれたオレンジジュースをぐいと勢いよく飲み込んだ。



「今日の朝ご飯は、ホットケーキだから。ジャムでもバターでもメープルシロップでも、なんでも自分の好きなものをかけてね」


「わーい、ホットケーキ、ホットケーキ! 牡丹お兄ちゃん、苺ジャム取って」



 きゃっ、きゃっとはしゃいでいる芒に、子供は単純で羨ましいと。そんな感想を抱きながらも、目の前のイチゴジャムを取ってやる。


 だが、ジャムの側に、見慣れない紙の束が置いてあった。



「……ん? なんだ、これ」



 こんなの置いてあったっけ?



「ええと、演劇のチケット……?」


「ああ、菊が置いたんだよ。再来週の日曜日に、演劇部の舞台発表があるんだよ。俺達の分のチケットだよ。

 菊は、ほら。直接、『観に来て』って言えないからさ」


「ふうん、そうなんだ」



 兄さん達にも言えないなんて。相変わらず素直じゃない。でも、アイツらしいや。


 みんなで観に行こうと、藤助兄さんは言うけれど。もう一度、手元のチケットを目にすると、首を傾げさせた。



「あれ? おかしいな。チケットが六枚しかないな」


「兄さん、ちょっと出掛けて来る」


「あっ、菊。あのさ、舞台のチケットなんだけど、六枚しかないぞ」


「えっ?」


「うん。数え直したけど、やっぱり六枚だ。

 あのさ、まさかとは思うけど……」



 ちらりと瞳を揺らす藤助兄さんに、菊はぽつりと。



「……いつもと同じ枚数しか用意してなかったから」


「ええと、それって……」


「つまり、牡丹の分をすっかり忘れてたってことだな」



 躊躇っている藤助兄さんの横から、梅吉兄さんがさらりと口を挟む。


 本当は、わざと用意しなかったんじゃないのか……?


 藤助兄さんは、

「菊ってば、しょうがないなあ」

と、一つ小さな息を吐き出して。

「そしたら俺はいいから、牡丹、観に行ってきなよ。まだ菊が出てる舞台、観たことないよな?」


「俺はいいですよ、演劇ってよく分からないし。藤助兄さんが観て来て下さい」


「でも……」


「俺のことは気にしないでください。それに、菊だって俺よりも、藤助兄さんに観て欲しいと思いますし」



 ちらりと菊に視線を向けると、菊は、こくんと素直に頷いた。


 その返答に、ぴしりと額に青筋が立ったが、俺はどうにか怒りを抑え込ませ。代わりに、あはは……と笑みを取り繕った。

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