3.

 キーンコーンと、甲高い鐘の音が校内中へと響き渡り。



「えっと、今日からこの学校に編入して来た、天正牡丹です」



「よろしくお願いします」と、別段面白みもない定例文を続けさせると、教壇の脇に立たされた俺は軽く頭を下げ。担任の指示に従って、窮屈に並べられた机の間を通り抜ける。


 窓際の一番後ろの席に移動すると、

「よっ!」


「えっと……」



 席に着くと同時、前の席の男子生徒がくるりと上半身だけ後ろに向けた。


 それから、にっと白い歯を覗かせる。



「俺は与四田よしだ竹郎たけお。よろしくな、天正」


「あ、ああ、うん。こちらこそ」



 そっか。俺、もう“天正”なんだよな……。


 慣れるまでまだ時間がかかりそうだと思っていると、竹郎が、

「なあ」

と、問いかけてくる。



「天正、お前のこと、“牡丹”って呼んでもいいか?」


「別に構わないけど」


「そんじゃあ、改めて。よろしくな、牡丹。

 それでさ、牡丹の苗字って、“天正”じゃん? もしかして、あの天正か?」



 好奇に満ちた視線を差し向けてくる竹郎に、一瞬息が詰まる。


 ああ、やっぱり“あの”が付くんだ。


 コイツも、所詮は今までの奴等と同じーー……。



「うん。多分、与四田の思ってる天正だけど」



 ちらりと竹郎の顔を盗み見ると、予想とは裏腹。竹郎はきらきらと、純粋な瞳をさせていた。



「やっぱり、そうなんだ! それじゃあ、牡丹は兄弟の中で上から何番目になるんだ?」


「えっ……。えっと、俺は六男だって」


「なら、菖蒲の方が兄貴になるのか」


「そうだけど、菖蒲のことを知ってるのか?」


「もちろん。天正家のことを知らない人間なんて、この学校にはいないぞ」


「へえ。兄さん達って、有名なんだ」


「そりゃあ、そうだろう。だって、腹違いの兄弟で一つ屋根の下で暮らしてるだけでもすごいのに、七人もいるんだぞ。

 あっ。牡丹を加えたら八人になるのか。八人兄弟なんて、今の世の中、なかなかいないぞ」



 すごいよなあと竹郎は、感嘆の音を漏らす。


 その後も、竹郎の誉め殺しは止まらない。



「それに、揃いも揃って、すごい面子ばかりだからなあ。長男の道松先輩は射撃部、次男の梅吉先輩は弓道部、三男の桜文先輩は柔道部のエースだろう。四男の藤助先輩は料理部部長で、腕が良いって評判が高い。

 五男の菖蒲は頭が良くて、常に首席だし。あと、初等部にも歳の離れた弟がいるんだよな。芒って名前だっけ? 芒も小学生の癖に頭が良くて、天才少年って騒がれていたっけ」


「そうなのか? 家ではそんな風には見えないけど」



 末っ子には今朝も散々やられたと、つい思い出していると、竹郎は、急にぐいと身を乗り出した。


 何事かと思っていると、

「そして!」

と、一際大きな声を出した。



「なんと言っても長女の菊は、そこらのアイドルより余程美人な上に、演劇部の期待の新人として注目を集めているからな。

 本当、良いよなあ。あんな可愛い子と一つ屋根の下なんて。ううん、羨ましいぜ」


「ははっ。羨ましい、か……」



 彼女の渾身のストレートをつい思い出し、俺は思わず頬を引き攣らせる。


 確かに顔だけは可愛いんだけどなあ。そう思っていると、竹郎は猫撫で声なんか出して、

「なあ、牡丹。今度、お前の妹を紹介してくれよ」

なんて、言ってきた。



「妹って、菊のことか? アイツは止めて置いた方がいいぞ」


「えー、なんでだよー。あっ。まさか、牡丹、天正菊のことが好きなのか……!?」


「おい、冗談は止めろよ。仮にも兄妹だぞ?」


「それじゃあ、どうして紹介してくれないんだよ。牡丹のけち! っと、噂をすれば……かな?」



 竹郎の声に合わせ、横から「よっ!」と声がかかる。



「どうだ、牡丹。新しい学校は」


「梅吉さん! それに、桜文さんも。どうしてここに?」


「移動教室で近くまで来たから、可愛い弟の様子を見に来てやったんだよ。それにしても。

 あのなあ、牡丹。昨日も言っただろう。俺達のことは、ちゃんと“お兄ちゃん”と呼べと」


「はあ。それより、梅吉さん。頬にご飯粒が付いてますよ?」


「なに!? うわっ、本当だ。さっき、おにぎりを食べたからな」


「なあ、梅吉。そろそろ授業が始まるぞ」


「そうだな。そんじゃあ、俺達は行くわ」



「楽しくやりなよ」と、ひらひらと手を振りながら。二人は教室から去って行く。


 それを見送ると、竹郎が先程以上に瞳を輝かせており。



「やっぱりすげえな、あの二人! ううん、オーラが違うぜ。

 で、牡丹は何が得意なんだ? あの天正家の一員だもんな。剣の達人か? それとも超能力とか使えたりして!」


「あのさ、期待を持たせて悪いんだけど、俺、ただの一般人だから」



 竹郎の中で、天正家の人間は一体どんな風に映っているんだろうか。俺にはさっぱり分からない。


 だけど。


 あれ……。俺、普通に……とは言っても、話している内容は全然普通じゃないけど。でも、普通に会話してるのか?


 思っていた反応とは少し違う。


 周囲の好奇な視線は変わらないながらも、今までとは異なるその色に。俺は、こっそり小さな息を吐き出させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る