第120話門前

 王都へと幌馬車を使って移動していたサリュウたち一行は、砂漠の街から、約五日と半日を掛けて王都の城壁が見える所にきていた。


「もう少しの辛抱かな」

「うん、もう雨にはうんざり……」

 サリュウとアーシャがそういってしまうのも無理はなかった。


 ラーシャとその護衛であるリアスと一夜をともにした、二日目の夜。明けて三日目の昼頃から振り始めた雨は、やむこともなく降り続き、地面をぬかるみへと変えていった。

 

 そのため、重量のあった幌馬車の車輪がたびたびぬかるみに嵌ってしまい立ち往生してきた。止まるごとに男たちは降りて、押した。時には、抜け出すことができずに、それこそ、大粒の雨に打たれながらも全員で幌馬車を押して、ぬかるみからの脱出を図ってきていたのだ。


「晴れたころには王都っていうのも、な」

「天候はどうにもならないもの。仕方がないわ」

 足元から全身にかけて泥にまみれているセロの愚痴に、雨という自然現象はどうにもならないとサンニアも応じた。


 ゆっくりと流れる景色に疲労を滲ませる一行とは裏腹に、バンケイは一歩ずつ確実に地面を踏みしめて進んでいく。


「みなさん、あと少しで王都です。遅延に返しましては私が証言いたしますので、料金は正規のままでございます。ご安心ください」

 

 御者の言葉に反応した一行が王都に目を向けると、南の門前にはかなりの人だかりができて、騒がしさに包まれていた。

 幌馬車は、その最後尾に近づくと、速度を緩めて止まる。


「随分と込んでいますね……おかしいな、門が閉まったままなんて…」

 御者は座っていた御者台から立ち上がりながら、声を漏らした。その言葉が気になりサリュウは見せてもらえないかと声をかけた。


 御者の許しを得たサリュウもならぶように御者台に立つと、閉まっている門を視認することができた。

「なにかあったのでしょうか?」

「どうでしょうか…ですが、こんな時間に門が閉まっていることはまずありません。すこし事情を聞いてきますので、このままお待ちください」

 サリュウの問いかけに首をかしげた御者は、少し思案した様子をみせたあと、そう一声かけると御者台から降りていった。


 サリュウは少しでも情報を集めようと、御者台から前方の様子を眺めていた。門前には行く先を阻まれた多くのの人や馬車が滞り、流れゆく水がせき止められて水溜まりができるように拡がり、門までの道を完全にふさいでいた。

 また、それだけには収まらずに、少し外れたところには、多くのテントが設営されている様子も窺えた。


「サリュ。なにかあったの?」

 幌馬車から聞こえた良く知る幼馴染の声に、言葉を返した。

「わからないよ。けど、なにかあったのは間違いないみたいだ」

「……そうなの」

 アーシャはそんな言葉を発しながら、雨が続いた上に泥にまでまみれてしまっている服を眺めた。

「うん、気持ちはわかるけど、門が閉まっているみたいで、すぐには進みそうもないんだ」

 サリュウの言葉を理解したアーシャは、おもむろに憂鬱な表情を浮かべた。


 しばらくすると、事情を聞きにでていた御者が戻ってきた。


「皆さま、事情が少しわかりましたのでお伝えします。昨日の朝から門の開閉が行われておらず、閉まったままとのことです。また、王都の門は内側からしか開けることはできません。そのため、いましばらくはこのまま待機して頂くことになるかと……」


 御者の話に耳を傾けていた一行は、その内容を理解すると一様に疲れた表情を見せて話し始めた。


「目と鼻の先だってのに、ついてないな」

「……仕方がないことだけど、どうなっているのかしら」


 セロとサンニアがそんな話をしている横で、ラーシャはどこか落ち着かない様子でリアスに話しかけた。


「リアス……。降りて確かめたいことがあるの」

「それはすぐに、ということですか?」

「たぶん、早いほうがいいと思う」

「……わかりました、行きましょう」


 少し思案したリアスは、ラーシャともに立ち上がるとサリュウのもとへいき、降車の旨を伝えた。


「わたしたちは、ここで降りたいと考えています。ですので、初期の運賃に追加がないのかの確認をお願いします」

 声を掛けられたよサリュウは、念のために改めて御者に確認をとる。

「ええ、と。同じでいいはずですが……御者さん?」

「はい。話は聴こえていましたので、お答えします。料金は先に頂いた分で問題ありません。ご自由に降車して頂いて構いませんよ」

「わかりました。サリュウさん、ここまで、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」

「それでは、私たちはこれで。ラーシャ、行きましょう」

「サリュウにアーシャ、サンニアにセロもありがとう」


「おう、またどっかでな」

「じゃあ、っと、ちょっとまってね……」

セロは言葉とともに片手を挙げてそれに応えた。サンニアは思いついたように、持っていた手提げの鞄からビスケトを取り出すと、少しだけ小分けしてラーシャに手渡した。

「はい、これ。おいしそうに食べてたから。すこしだけど持って行って」

「えっ!いいのっ、ありがとうサンニアっ!!」

 

うれしそうな顔をしてお礼を言ったラーシャは、リアスは幌馬車から降りていった。そして、二人は王都の南門の方には向かわずに、別方向に向かって歩いていった。


「あっちになにかあるのかな?」

「そうだね、西側は壁だけのはずだけど……」


 数日とはいえ、一緒に夕食をともにした二人の行先を目で追ってしまっていたサリュウとアーシャ。けれど、ラーシャたちにも目的があって王都に向かうこの幌馬車に乗ったのだからと、次第に意識からはずれていった。


 結局、その日も門が開くことはなく、陽は傾むき、夕から夜へと移り変わっていく。

 

サリュウたち一行にしても、開かない門により、目の前にある王都に入ることもできない。やむなく幌馬車の近くにテントを張って、夜を明かすしかなかった。

 御者の勧めもあって、幌馬車を寝床にして、男性は幌馬車のなか。女性の三人はテントで交代に眠ることにした。


「あぁー、なんだ……災難はつづくもんだな」

幌馬車の床に寝転んだセロのため息交じりの愚痴が聞こえる。

「まったくもってそのとおりですな」

「……」

幾分か声の張りがなくなった太めの商人の声がする横では、すでに御者が眠りについてしまっていたようだ。

「僕が見張りをしておくから、ゆっくり寝てくれていいよ」

「そうだな…わりぃがちょっと寝るわ。何かあったら起こしてくれ」

「頼みましたぞ、サリュウ殿」

「ああ、まかせて」

疲れているのか、しばらくすると誰の声も聞こえなくなった。


時間とともに、同じようにここで足止めをされていた人々が眠りついたのか、昼間とは違って、門前には静寂が拡がり始めていた。


































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