第121話霧

 内側からは何一つ音沙汰はなく閉じたままの南門前。

 門前には王都を目前に足止めをされた人々で溢れ、サリュウたちもその例外に漏れることなく、その場で一晩を過ごす羽目になっていた。

 多くの人がいるなかで、盗みを働くものがいないわけではない。そこで、交代しながら見張りをすることに、セロたちは夕方以降から深夜にかけて睡眠をとり、サリュウは深夜から朝にかけて眠りについていた。

 

 サリュウは遠くから聞こえる虫の音に誘われるように眠りから覚めた。


「ん、ん……、朝か」

 少し寝ぼけ眼に映るのは幌馬車の天井。


 交代して幌馬車の床で眠りについたサリュウは、途中で起きることはなく朝を迎えていた。


「やっぱり疲れていたみたいだ……これは、霧かな?」

 続いていた雨を思い浮かべて、言葉を漏らして、ふと視界にかかるモヤに意識が移った。少し意識がしっかとしてくると、天井までにかかるモヤが霧だろうと、判断できた。

 体を起こして、周囲を確かめる。床には同じように眠りについていた乗客である太目の商人と幌馬車の前方、そこには座席に腰を据えて足を組み、頬杖をついて外を眺めるセロの姿が見えた。

 

 ぐっすり寝ている商人を起こしてしまうのは少し気が引けたサリュウは静かに立ち上がると、セロのもとへと向かう。


「おはよう。セロ」

「…………」


 セロに声を掛けたもの反応はない。少し不審に思いながら、セロの肩に手をかけて再び声を掛けるも、やはり反応はない。


「スーっ スーっ スーっ」


 おかしいな? と顔を近づけると寝息が聞こえて、眠っているようだとようやく気づいた。


 それと同時に、セロが見張りをしながら寝ている状況に不自然さも覚えた。

 

 セロは遺跡さえ関わらなければ、役割をきっちりとこなすし、頼りになる。そんなセロが見張りの途中に眠っている。


 疲れていたのかな? と思う反面、なにか、言葉にできない違和感がぬぐえない。考えながら周囲に目を向けると一面は白く霧が佇み静かな光景が拡がっていた。


「…………やっぱり変だ」


 見上げた空には陽がうっすらとだが、見える。陽の位置からしてすでに多くのひとが起きている時間のはず。


「……音が、声が聴こえない」

 昨日は確かにあったがやがやとしたひとや馬のいななき、さらには馬車の軋む音、そのどれもがない。

 澄ませた耳にも、人が起きれば生まれるはずの音が届いてこない。


 セロの肩をゆすりながら、三度声を掛けるもの、反応に変わりはなかった。そのうちに頬杖をついて固定されていた顔が外れて、幌馬車の枠から飛び出すかのようにガクっと前のめりに体が倒れそうになるのを間一髪。


「っ! っと、…………」


 支えることはできたものの、目覚めるような気配は一向にない。このまま支え続けるわけにもいかないので、セロの背中から脇の下に腕を回して席から持ち上げると床に仰向けに寝かせた。


「スーっ スーっ スーっ」


 セロから聞こえる寝息は規則正しく続いている。


「深く眠っている、だけ……いや……」


 なにかが起こっている? 

 

 全く起きる気配のないセロの様子に疑念だけが膨らんでいく。

 

 気乗りはしないものの何かが起こっているのなら確かめないわけにはいかないと、床で眠っている太めの商人にも声を掛けながら肩を揺する。


 同じように全く反応はなく、ただ眠り続けている。


「おかしい。どうして目を覚まさないんだ……そうだ、アーシャたちはっ」


 サリュウは一抹の不安とともに幌馬車の横に建てられた女性陣のテントの方向を覗く。

 目を向けた先には幌馬車に持たれ掛かかるように座りこむ女性の姿が見えた。


「……っ!サンニア」

 急いで幌馬車から飛び降りて近づいてみるものの、やはりセロたちと同じようにただ、眠っているだけ。


 サリュウは何度も声を掛けては、肩を揺すってみてもサンニアが目覚める素振りはない。


「サンニアも……どうして……」

 

 サリュウは頭では何が起こっていると理解はしていても、皆が起きる気配もなく眠り続けてる状況のなか、焦りが胸を焦がし始めていた。それでも、なんとか冷静さを保ちながら、テントの入り口から中に声を掛けた。


「アーシャ……入るよ」


 テントからはなにも反応が窺えない。

 

 意を決してテントを入り口の幕をゆっくり挙げて中を確認する。テントのなかには、アーシャと遅れて乗車してきた女性が眠っていた。


「アーシャ……アーシャっ」

 同じように声を掛けて、体をゆすってみるもののやはり、起きる気配がない。


「くっ……どうして目を覚まさないんだっ」


 つい声を荒らげてしまったサリュウだが、なんとか冷静になろうと息を吐いた。


「ふーーぅ……どうしたらい「ん……」っ!?」

 声が聞こえた気がして、目線を動かすとアーシャの横で眠っていた女性の腕が動いている。明るさを調節するように手で目を覆う素振りをみせていた。


「……あのっ」

「!?……、なんだサリュウくんか……。いくらアーシャちゃんが幼馴染でも、女性のテントに勝手入ってくるのは良くないと思うわよ」


 女性は突然の声に驚いて、覆っていた手をどけてこちらに顔を向けたが、サリュウだとわかると苦言を呈して、またリラックスしたかのように手で顔を覆いながら頭を下ろした。


「あ…と、すみません。……そのっ。少しいいですか」

「んー……、なに?」


「実は……誰も眠りから目を覚まさないんです」


「…………?」


 まだまだしっかりと意識が定まっていないのか、仰向けのまま覆っていた手で前髪をまとめて挙げるように生え際まで動かしてから、返事した。


「……ちょっと何を言っているのかわからないんだけど……」

 女性は働かない頭をどうにか動かしながら、言葉の意味を考えたものの、今一つその真意が理解できない。


「起きないんです。声を掛けても、ゆすっても…みんな……」


 女性はサリュウの声を一つずつ適切な意味に置き換えていく。

 

 おきない?……起きない、か。声を掛けてもゆすっても……?


「ん……とりあえず目が覚めないのね。不思議な現象……起きない…みんな? あれ? もしかしてだけど、外は霧がでてない?」

「霧はでていますけど、それがなにか?」


 女性は何かに思い至ったのか、言葉にならない声を挙げてから、言葉を紡いだ。


「ぁアァァァーーーーーーーぁ。なるほどわかった。起きないわ、それは」

「あの……」

「ちょっと待って、起き上がるから……っ、と」

 女性はサリュウの問いかけに応えながら、仰向けの状態からゴロンとうつ伏せになると両手に力を入れて体を起こしてから、お尻を付けて、そのまま座る姿勢をとった。


「よし、サリュウくん。まず結論から言うけど、このままの状態なら、みんなの目が覚めることはないわ」

 サリュウの目を見つめながら、衝撃的なことを言い放った女性。


「っ。それはなぜですか!?」

「焦らないで。あくまでもこの状態のままならってことだから。この状態……つまりは霧ね。これが無くなれば、目を覚ますわ」

「この霧を……?」


「そう、この霧を。原因もわかってる、木の精霊に……って、サリュウくんはなんで平k…………」

 

 女性はそう言葉を発っしてから、サリュウの顔を、目を、改めて見据えた。


 ……あぁ、そう、やっぱりそうなのね。


「あの……なにか?」


 あのひとと同じ瞳。……どうして似てしまうのかしら。


「……少しだけ待って……」

 女性は少し切なげな表情を浮かべたあと、数瞬の間、瞼を閉じた。

 

 …………。


「……ごめんなさい。サリュウくんは精霊の御子なのね」

「精霊の御子、ですか?」

「ええ、『精霊に愛されるもの』という意味だけど……いえ、置いておきましょう。今はこの霧をどうにかしないとね」

「……あの、それじゃあ霧はどうしたら晴れるのですか」


「方法としては二つあるわ。水の精霊をここまで連れてくる。か、水の精霊が佇む泉の水を持ってくるか。このどちらかしかないわ。どちらにしても急がなければ眠ったまま衰弱して死者が……」


「……ありますっ!木の精霊様に頼まれていたものがそれです。これから届けるつもりだったんです」


 巡り合わせなのかな。


「そう。なら始まりの木に向かいましょう」





『いつかその時がきたら、手を貸してあげてくれないか?』

 …………。

『……だめかい?』

 …………。「……、勝手なんだから」

『ありがとう、ミレイ』

































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