第119話霧の街

 朝食というには遅い食事を済ませて、あらためて屋敷の戸締り確認した。


「鍵だけというは、心もとないが…多少はマシだろう」

 このまま霧が晴れるのを待つという選択もないわけではないが、状況の改善の見込みも、その兆しも、いまはみえない。

 それに、探索することで、霧の原因が判るとは言えないが実際に街の様子をみるほうが、解決の糸口をみつけることができるかしれない。


 戸締りを済ませて、正面の玄関へと戻る。


「これを借りるけど、いいかしら?」


 玄関前にいたシャリーヌは、不測の事態を想定しているのか、客間に飾ってあった装飾を施されたレイピアを腰に備え付けていた。


「ああ、セルシュが見栄えのために用意したものだろうが、装飾品だぞ。それに扱えるのか?」

「苦手でない程度には、ね。それに、レイピアの造りも、見たよりも頑強に作ってあるみたいだから、護身用としては十分よ」

「そういうことなら問題はないか。外の様子はどうだ」

「さっき、少し扉を開けて外をみたけど、変わりはない」

「やはり……いくしかないか」

「そうね、私が前を行くから後ろをおねがい」

「ああ、よろしく頼む」


 正面玄関の扉を開けると、外から霧が張り込むように漂い揺れる。


「一面が真っ白だな…視界は、思ったほどではないが…よくもない、か」

「そうね、陽が高くなったのあるかもしれないけど、朝方よりはまだいい」


 屋敷の外は、一面が霧に覆われており、見通しはすこし良くなったのか、三メートル程度まではうっすらとみることができた。


「濃霧…とはいえ…」

 どう考えても、おかしい。陽の高さから考えても、気温の上昇とともに、霧は晴れていくはずだ。自然現象ではないとすると、人為的な方法になるが、それは不可能だとシャリーヌはいっていた。


 そうなると、あれの類が一番に浮かぶんだが……。 「うふふ」 ………。


「シャリーヌ。始まりの木に向かってくれ」

「始まりの木……広場のほう?それとも、学園の方にある、元の始まりの木?」

 中央広場にある始まりの木は、学園側にあるものが枯れてしまった時代に代替えとして植えられたものになる。なので、いまから向かうのは枯れている木ほうだ。

「学園のほうだ」

「それはいいけど…なにかあるの?」


 ……オレの横を漂うこいつ。シャリーヌにはやはり見えないようだ。

「ねーねー」 …………。

「……シャリーヌは精霊が実在するとおもうか?」

「精霊…、ものによっては学術書には書かれているけど、その記述がされたものも、随分と昔のものだけになる。近年では、存在が疑わしいと言われているから、どうでしょうね。わたしはいるような気がしているけど…それが?」


 どう説明したものか…。 「ねーねーねー」

「あー…とだな。まず、精霊は存在するぞ。というかここにいる」


 言葉とは裏腹に、ボーセイヌが指さす場所には、なにもいない。


「…なにもいない、と思うけど……」

「ねーねーねーねーねぇー」

「あー、わかった。なんだ?」

「なん…」

 シャリーヌは、なんだという言葉の意味が分からずに尋ねようすると、口元に人差し指を立てて、静かにするようにと合図をだしたボーセイヌがいた。

「?」

「…………」

「……お前まで黙るな。話がすすまん」


 虚空に向かってしゃべりかけるボーセイヌに疑問しか浮かばないが、ひとまずは様子をみることにした。


「うふふ おひさーなーのーぉ」

「そういえば、久しぶりか。どこに行っていたんだ」

「ひーみーぃつうぅーなのーぉ」

 聞いて答えるやつじゃないか。だがイラっとはしても聞いてみる価値も同時にあった。

「もう秘密でいい。それで、この霧は?」

「きーりぃはねぇーきぃーなのー」

「きぃなの?」

「きぃなのー」


 意味がわからん。きぃは木でいいのか。


「ねぇ、きぃってなんなの?」

「オレに聞くな。こいつに言え」


 だが、ボーセイヌの指さす所にはなにもいない。


「……大丈夫?」

 心配気な顔で言われるのは、しゃくだが、普通はそうなるわな。

「その反応はもっともだとは理解しよう。要領は得ないが、始まり木にむかうぞ」

「そうしましょう。一応聞くけど、そこにいるのよね?」

 いや、いまシャリーヌが見ている方向にはいないな。

「いまはシャリーヌ。貴様の頭の上だな」

「上っ!?」 

 顔を上に向けるシャリーヌ。「ふぁっ!?」

「転げ落ちた」

「!? どこにっ」

「そこ」


 近くの地面を指さすものの、やはり、なにもいない。


「もぅーもぉーもぉーぅ」

「いまは、転げ落ちたことに対する抗議を受けているな」

「……もういいわ。いる、ということにだけはしておく」

「ああ、そうしてくれ」


 シャリーヌが歩き出すと、またその頭の上に座る闇の精霊ヤミュー。

「うふふふふ」

「……? そこを気に入ったのか」


 屋敷の正門を抜けて市街地に出る。 街を漂う霧は、変わらずにあたり一帯を包み込んでいる。


 シャリーヌはレイピアの柄に手を掛けながら歩きはじめた。


 視界も著しく見通せない状況では、不用意に歩くという愚も侵せずに、自然とゆっくりとした足取りなっていく。


「建物に沿うように進みましょう」

「そうだな」

 シャリーヌの指示に従い、道の端、できるだけ建物に寄り添うように、目的地である始まりの木に向かう。


 街は、ただ静かに存在していた。オレとシャリーヌの足音だけが響いていく。


 建物に沿うように歩くようになってから、ふと目にとまった窓から中を覗く。朝の支度をはじめようとしていたのか、女性が床にうなだれるように倒れていた。

「……眠っているのか」

 ボーセイヌの声に立ち止まり、同じように眺めるシャリーヌ。

「……みたいね。この様子だと、おそらく、この霧が届いる範囲はすべて、ね」


 そのあとも、道路の脇に倒れるように眠っている人がいたり、酒の瓶を抱え込むように眠る男など、街が眠りに中に落ちていた。

 

 霧が晴れることも、薄くなることもなく、ただただ、そこに佇み続ける。
















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