第118話眠るもの

「何が起こっている……」

 階段にうなだれるように、眠っていたアミーアをひとまず部屋のベットに寝かせたボーセイヌは、改めて、屋敷の探索を再開していた。

 

 二階と一階をつなぐ階段まで戻り、下の階の様子を探るために耳を澄ます。


「やはり物音一つ、ないな」


 それでも、念のために、護身用の短剣を抜く。

 一段、一段を慎重に降りていく。


 「……」


 一階。

 誰もいない


 「……どうなってい…っ!?」


「ガチャ」

 正面玄関の扉が開いていく。

 

 「っ!」

 内心の驚きを抑えて、、短剣を構える。

 

「…! ボーセイヌ……、あなたは無事なのね」

「……シャリーヌ。…それは、ウォルフェもか」

 玄関の扉を開けて入ってきたシャリーヌは、浮かない顔をして、眠っているウォルフェを背負っていた。


「ええ……外で倒れて眠っていたわ。わたしは、はやくにこの異変に気付いて、部屋をでたの。ちょうど、アミーアがいたから上の階へ行くように、と…その様子だとアミーアも?」

 

 オレが一人でいることで察したのだろう。起きてからの出来事を話すと、シャリーヌはしばし無言になる。その様子に、あまりよくない状況であることが察せられた。


「街全体なのか?」

「そうみたい。少なくてもこの一帯はそうよ」

「そうか……」


「私はとりあえず、ウォルフェを寝かせてくるから、そのあと、中を見て回りましょう。付いてきて」

 シャリーヌはそう言うと、屋敷の中へと入っていく。ウォルフェを寝かせてるのを見届けてから、2人で屋敷を回った。


 残念なことに、屋敷に住んでいるものは全員が眠りについていた。大体のものは、夜に眠りについたそのままの状態であった。

 そんななか、鍛えていたのだろうか、薄着のアリフールは、床に仰向けに倒れて眠っていた。

 床に寝そべるように眠るアリフールは、体格に通りに重い。

 シャリーヌが背中から手をまわして持ち上げて、オレが足をベットに押し上げるようにして、ベットに寝かせた。


「ふぅ…さすがに眠っている人間は重いな」

「……そうね」


 ベットの傍に立ったままのシャリーヌは、少しだけ首をかしげて、アリフールを眺めていた。


「どうかしたのか」


 声を掛けられたシャリーヌは何かを思案していたのか、数瞬遅れて、言葉を発した。

「……なにか、…いえ、…」


 シャリーヌは、アリフールを持ちあげるために体に手を回した瞬間に、なにかが頭を過った気がしていた。それがなにかは、わからない。

 

 だけど、なぜだか、なつかしい。

 

 そんな、突拍子もない考えが浮かんでいた。


 けれど、いまの状況からすれば、気にするべきことではないと判断をして、それを記憶の隅に追いやり、言葉をつづけた。


「…なんでもないわ。どうやら、私たちだけみたいね」


「……そのようだな」

 シャリーヌがなにかこの霧について、気づいたのかと思ったが、そうでもないようだ。


 しかし、霧か…。何がどうなっているのやら。


 ゲームにはない出来事に頭を悩ますボーセイヌ。


 そんな、現状の把握と、煮詰まりだした頭を切り替えるように、シャリーヌは声をだした。


「ひとまずは、食事をして落ち着きましましょう。私が作るから、手伝いをお願い」


その提案に素直に従い、アリフールの部屋をあとにして、食事を作る補助に入った。


「……」

「なんだ?」

「いえ、なんでもない。そこのお皿をとって」

「ああ」


 シャリーヌは食事の支度を手伝うようにとはいったものの、正直、期待はしていなかった。

 しかし、ボーセイヌは貴族の子息というには、妙に手際がよく準備を進めていく。

 シャリーヌはそれに疑問はもったものの、今はそのようなときでもない、とその考えを端へと置くと、これまでのことを話し始めた。


「まだ辺りが暗い朝方に目が覚めたの。そのときはまだ、少し霧が出てるくらいだったんだけど、すぐに霧が濃くなりだして…それからは、あっという間だった」 


 視界が真っ白に染まる頃、異変に気付いたという。

 

「これは、私がいつも身につけている腕輪なのだけど、毒性とか痺れなど、特殊な異常を感知すると、こうして色が変わるの」

 まくられた袖から見える腕輪は、薄い水色をしている。

「この色は、睡眠を促す色よ」

「……この霧は魔法なのか?」

「魔法……かと言えば魔法といえるかもしれないけど、これだけの規模になると…私は不可能だと考えてる。この辺りの入り組んだ建物を覆うように睡眠系の魔法をかけるだけでも、それこそ何十人という人員がいる。それに、すでに数時間は持続してることからも、どうやっても不可能なはずなんだけど……それに…」

 

 そこで言葉をとめると、こちらを見るシャリーヌ。


「…どうした」

「私は、こういったもしもに備えて、特別な効果のあるものを所持していているから、いまはまだ平気だけど、あなたはどうやって?」


 どうやってって……あれ? そういえばなんでだろう??

 問われてから、気づいた。


 目を見開き、いかにも今気づいた! と言わんばかりの顔をしているボーセイヌ。


「…その顔をみれば、なにも言わなくてもわかる。…わからないのね」


「……ああ。心当たりはないな」

 何が起こっているのかと、それだけに頭の中がいっぱいになっていたようで、なぜ平気なのかは考えてもいなかった。


「そう、わかった。それじゃあこの後のことだけど、あなたはどうするつもり?」


 どうする、か。原因が不明な以上は最適解などあるはずもない。ここから選ぶとしたら、

 このまま、屋敷に留まり状況が改善するのを待つ。

 あるいは、屋敷の外にでて、霧の原因を探る。

 この二択くらいしかない。


「シャリーヌからみて、この霧はどうなると考えている」

「……普通の霧なら、もうないはず。それが、今も濃さを保ったまま。つまりはそういうことだと、判断して行動する」


 状況は改善はしない、か。



「探りにでるしかないか」












 












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