第十一章 霧の王都 眠りに落ちた街

第116話雨上がり

 数日に渡り降り続いた雨はやみ、顔をみせるようになった星空。

 

 雨音の消えた空。

「やっと、か」

 ボーセイヌは夕食後に自室でひとり、一息をついていた。

 

 王都が混乱に陥った火事騒動を鎮めるように降りだした雨は、おおよそ、三日三晩。止むことなく降り続けた。

 

そうして、雨上がりの王都は、静かな夜を迎えていた。


 早々に、屋敷を後にしようとしていた元近衛騎士カーウィンを雨を止むまでと、滞在させたおかげで、それなりにだが、アリフールの初動から動きを捉える程度には上達することができた。まあ大分手加減をされていたようで、本当に軽く逆の動きをいられただけで、もう対処が不可能だった。


 初動を見極めようとするあまり、囮の動きにもそのまま反応してしまうのは、どうしようもない。咄嗟に体が動いてしまうのだから、どうしろというのだっ!

 

 ……落ち着こう。向き不向きというものがある。オレには近接における対処は向いていないということだ。認めよう。それがはじまりだ。


 できないことは最低限でいい。必要最低限でいいんだ。


 オレが剣を持って戦うという状況がすでに間違いなのだ。それはつまり、アミーア、アリフールたちに、何かがあったということにほかならないのだから。


 


 「ボーセイヌ様。よろしいでしょうか」

 扉の叩く音に続けて、アミーアの声がした。

「はいれ」

 夕食後の紅茶をワゴンに載せて、アミーアが入室する。

 ワゴンをとめると、紅茶の入った茶器を傾け、カップに注ぐ。

「どうぞ」

「ああ」

 受け取り、一口含んで味わう。


 いいな。落ち着く。


「カーウィン様は明日には出立するそうです」

「そうか」

 雨もやんだからな。

「随分と世話になった。謝礼を渡しておいてくれ」

「そうしようとしたのですが… 儂は泊めていただいている身。 と辞退されました」

「そうか。ならば、せめて出立する前に挨拶だけでもするか」

「畏まりました」


 そうして雨上がりの静かなひとときを過ごした。


 翌朝。


「もう朝か…」

 いつものように目を覚まして、窓から外を眺める。


 窓から見える外の景色は、白一色。

「なんだ……霧、だろうが珍しいな」

 ベットからおりて、窓際から改めて外をみると、一メートル先を見通すことすら難しいほどに、霧によって視界が妨げられていた。

「とりあえず着替えておくか」

起き上がったついでにと、身支度を整えたことで意識がより覚醒したのか、妙なことに気が付いた。


「すこし、静かすぎじゃないか…」


 ボウセイ家が所有するこの屋敷は、生活音が全くしないような豪邸とは程遠いこじんまりとした造りになっている。それゆえに、いくら気を配っていようとも、なにかしらの音はするはずなのだが、それがない。


「……用心だけはしておくか」

 魔力を高めて、もしもに備えて動けるように、身体強化を行う。さらに、護身用の短剣を腰に下げた。


 取っ手がある側の壁に背を預けて、取っ手を掴み、扉を引き開ける。スーっと開いていく。

「……」

 廊下からはなにかの起こりは聴こえない。慎重に廊下に顔をだす。

「やはり変だな」

 廊下には誰もおらず、さらに、物音一つしていない。


 どうするべきだ……。


 声を掛けてみるべきか、あるいは、音を立てないように、周囲を確認するべきか。


「このまま、待つ。という選択肢もあるにはあるが、ここまで静かだと、な」

 気配を察知できないのが悔やまれる。


「……いや、ここは様子を見よう」

 ドアは解放しておき、そのまま壁に寄りかかり、しばらく様子を見るも、変化はなく、時間だけが過ぎていった。



「埒が明かない、か」

 

 時間的に見ても、すでに朝食の準備などで、屋敷の者が動き出しているはずなのに、まったく、その音がしない。


 再び、慎重に廊下に顔をだしてあたりを見渡す。

 音のない屋敷。

 ゆっくりと廊下へ。


「ひとまずは、だれでもいいから探すか」


 警戒しながら進むものの変化はなにもない。


 そうして、二階から一階に降りる階段に差し掛かったときだ。

 階段から廊下にかけて倒れるように伸びる、手。


「アミーアっ」

 慎重さを忘れてあわてて近づくと、階段にしなだれかかるように倒れているアミーアがいた。


 ハッと我に返り、急いで周囲を見渡す。けれど、何一つ変化はない。


 ひとまず、なにもないと仮定してアミーアの様子を窺う。ひとまず、状態をみるも外傷はなさそうだ。


「スーッ… スーッ… スーッ…」

 ただ、規則正しい呼吸がする。


「眠っているのか……」

 ひとまず、声を掛けて体をゆすったものの、起きる気配はみえない。

「アミーア、おい、アミーアっ」

 しばらくつづけようとも、目が覚めることはなかった。


 なぜ? という疑問はあるものの、このままにしておくわけにもいかずに、身体強化をすることで、アミーアを抱き上げて自室までもどり、ベットに横たわらせた。

 すやすやと寝息を立てる姿は、起きる気配をまったくみせない。


「……なにが起こっているんだ」


 静かな屋敷にボーセイヌの声だけが響いていた。

























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