第115話朝の陽
「あれ……、これは、テント?」
「おや、起きましたか? さぁ、支度をなさい。そろそろ日の出です」
寝ぼけ眼のままのラーシャは上体を起こしながら、目をこすっている。テントの中を覗きこんで、その様子をみたリアスは昨日の出来事を話した。
「夕食をいただいて、しゃべっている途中で寝てしまったのです」
「……そうだったわ。ここは、サリュウたちの?」
「そうです。ご厚意で寝かせていただいたのです」
「そう。すぐに行くわ」
ラーシャの返事を聞いたリアスは立ち上がり、テントの外へとでていった。
すぐに支度をといっても、昨日の着の身着のままであるので、ひとまず被せられていた布を畳んでラーシャも外に出る。
外はほどほどに冷えて肌寒く、日の出が迫っており、薄明りが拡がり始めていた。
テントから外にでてきたラーシャに気付いて、サリュウは声を掛けた。
「おはよう、ラーシャ」
「あっ サリュウ。おはようございます。食事にテントまでありがとうございます」
「うん、いいよ。よく眠れたみたいだね」
「はいっ。ありがとうございます」
ラーシャの元気のある返事に、まだ少しの眠気のあったサリュウも、それも吹き飛ぶような気がした。
「おっ、嬢ちゃんも起きたことだし、テントをかたしちまうか」
「そうしようか」
セロの声に賛同したサリュウは、二人でテントを片付け始めた。
「あ、あのっ、わたしも手伝います」
その様子に、自分もなにかしなくちゃと声を掛けたラーシャ。
「ん? ああ、べつにいいんだが……そうだな、こいつを畳むから、手伝ってくれ」
「はいっ」
しっかりとした受け答えと、張りのある声だ。
「サリュウは、そっちの支柱やらを頼む」
「ああ、任せて」
「そうそう、そこをもって半分にして……そうだ。よし、畳むぞ」
セロの指示にテキパキと作業を進める姿に、近くで簡単な朝食と出発の準備をしていたアーシャとサンニアも感心していた。
「うーん、わたしがあの頃はもっと、なんていうか、あんな感じじゃなかったな」
「わかる。わたしもあそこまではしっかりしてなかったかな」
そうこうしているうちに、テントの撤収が完了。全員で朝食をとった。
それぞれが食べ終わるころ、サリュウが取り出した四角い小麦色をした食べ物に興味をもったのか、ラーシャは尋ねた。
「それは、なんていうですか」
「これ? なんだだったかな。えーと、…サンニア。これの名前はなんだったかな」
「それは、ビスケトっていう保存食にもなるお菓子よ。食べてみる?」
サンニアの言葉に顔をコクコクとするラーシャにビスケトを一枚渡す。しばらく、眺めてから口に含む。
「すごく固い…のに、おいしいっ」
「ふふふ、そうでしょう。わたしの兄がね、これを作っている人を見つけたの。それで、今度売り出すんだってくれたの」
そうして、食事を済ませたころには、陽は完全にその姿を現していて、薄暗かった世界は、あたたかくて眩しい朝の光に包まれていた。
「みんな、そろそろ行こうか」
サリュウの言葉と共に、一行は幌馬車が待つ場所へと移動して、乗り込んでいく。
宿に泊まっていた太めの商人と女性もすでに待っており、昨日と同じように全員が座る。
「それでは、本日もよろしくおねがいします」
という御者の声とともに、幌馬車は再び王都へと駆け始めた。
ゆっくりと、流れていく朝の街。
ふと、ビスケトを食べて驚いた表情をしていたラーシャが思い浮かんで、サンニアは砂漠の街で買い出しに出かけた時のことを思い出していた。
「サンニア」
「サファ兄様。どうしてここに?」
サンニアの兄であるサンファは、サリュウたちがオアシスを出発してから、あとを追うようにオアシスを発っていた。
「そういえば、説明していなかったね。僕は王都に用があるから、向かう途中だよ」
「それでしたら、私たち一緒に向かいませんか?」
「悪くない提案だけど、やめておくよ。寄るところもあるからね。それに、こうしてあったんだ、せっかくだから、いいものをあげるよ。この前のやつをだしておくれ」
そう声をだしながら、サンファは後ろにいるお付きの男性を見ると、男性は背負っていた袋を下ろして、中をごそごそとさぐりはじめた。
「サファ兄様、リンフィはどうしたのですか」
「リンフィかい。彼女なら、いまはちょっと用事を任せているから、いないんだ」
リーフィは、サンファ付きの護衛兼、秘書兼、説教係?を任されている女性になる。ちなみに、サンファをチキン呼ばわりしたあの人だ。
彼女は、サンニアとジョゼとも面識がある上に、仲はいい。ジョゼからすると先輩にあたる女性になる。
チキン呼びされている理由は、サンニアの件になる。
サンニアが襲われることをサンファは予期していた。そのことをリンフィには、意図的に情報がいかないように操作していた。そして、サンニアが消息を絶ったことで、自身の行いを悔いたサンファが白状してからは、チキンと呼ばれても、甘んじて受け入れている。
「あったね、はい。これをどうぞ」
お付きの男性が背負い袋がだしたのを受け取り、サンニアに渡す。三十センチ程度の四角い箱だ。
「ありがとう」
箱を受け取り、なんだろう? と、疑問を浮かべたサンニアにサンファは中身を教える。
「それは、ビスケトという保存食でね。なんと、固いけど、甘くておいしんだよ」
「びすけと?」
「そう、ビスケト。国をでて、旅をしているときに噂で聞いてね。せっかくだからと探して見つけたんだ。保存食になる上に、甘い。これは売れると思ってね、すぐに確保したよ。固いけど……」
サンファの言葉に、箱を空けると、四角い小麦色をしていて、一口で食べられる大きさのビスケトがびっしりと入っていた。それに、いぶかしげに感想とともに、一枚掴むと口に含んでみる。
「保存食が甘い、かぁ……たしかに、固いわね」
バキっと音がしそうな固さを砕いて噛みしめると、ジュワァと甘さが口の中に拡がる。
「保存食でこの甘さがっ」
驚く表情に満足したのか、サンファもそれを一枚とって食べる。
「……うん、やっぱり固いね。いまでも、十分売れるだろうけど、この固さがなくなれば、もっと売れると思うんだ」
「……そうよね。ちょっと固すぎるし、かさかさな感じが気になるかな」
「かさかさか…うん。なるほど、ありがとうサニー。そうだね、そっちのほうでも考えてみるよ」
そうして、改良方法を思案し始めたサンファに声をかけたサンニア。
「出来上がったら届けてくださいね、サファ兄様」
「もちろんだよ。サニー。またね」
どこか心あらずな感じで、思案しながら去っていく兄の背中。その姿が、昔を思い起こさせて、頬が緩んだ。
「またね、兄様」
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