第114話先を視るもの

「ご厚意に感謝します」

「ありがとうございます」

 サリュウが二人を焚き火へと誘い、四人から六人へに増えて、夕食はつづく。

「おいしいっ」

 フードのしたに隠れていたのは少女の顔で、今はスープを口に含んでは、干し肉にかぶりついている。

 その様子をあたたかく見守りながら、護衛の女性に向かって、サリュウたちは簡単に自己紹介をしていた。

 「僕はサリュウ、隣にいるのはアーシャです。左がセロで、右にいるのがサンニアです。僕たちは、わけあって、世界を旅をしています」

「これはご丁寧に。私は、彼女の護衛を務めるリアスと申します。夕食を分けて頂き誠に感謝いたします」

 こうして座って話をしていても、夕餉をとる少女を視界から離さない姿勢をみせるリアスは、少女のことを、本当に大切に思っているようだ。

「差しさわりがなければ、彼女の名をきいても?」

「……」

 リアスは判断に迷ったのか、少女へと視線を向ける。

「ふぉっふとまっ……」

 口に目一杯に詰め込んでいたのかまともにしゃべれない少女を皆は、暖かく待った。


「ん、……サリュウであってるよね、手を出して」

「?」

 言われるがままに差し出されたサリュウの右手を両手で包むように重ねて目を閉じた少女。

「………………?」

「??」

「………………………………視えないっ」

「???」

 少女はなぜか驚愕の表情を浮かべて、サリュウを見つめた。

「なんだい」

 たまらずに少女に問うも、固まったままで動きはない。仕方なく、リアスに視線を向けると、リアスもまた驚愕の表情?を……変化は少ないが、先ほどよりも目を見開いて動きがないので、きっとそうなのだろう。

「サリュはなにしたの」

「そんなのわからないよ」

 アーシャの言葉に、二人は顔を見合わせて、お互いに首を傾げる。

 しばらくして、リアスが再起動したのか言葉を発する。

「……失礼しました」

 それに合わせたように、少女も復帰して、問う。

「あなたは、何?」

「なにといわれても……」

 どちらも要領を得ない顔をしていて、話が進みそうな雰囲気が感じられないことを察したリアスは、少女に声を掛けた。

「これはご説明をした方がよろしいのではありませんか?」

 少女に問うとコクリと頷く。

「サリュウさん、ほかの皆様もこのことは他言しないと誓っていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 途端に真剣な眼差しになったリアスの様子に、ただ事ではないと認識した一行は、それぞれに、誓ってみせた。

「申し訳ありません。強制させるような真似をさせて……」

「いえ、僕も気になりますし、誓って他言はしません」

「ありがとうございます。それでは、まず、こちらにいる彼女の名はラーシャ。稀有なことに、これから先に起こることを知ることができる力を持っています」

「先のことを?」

「はい。先のことを、です」

 リアスの言葉に、セロは思い至ったのか声を出した。

「……ヨゲンシャか」

「そうなります。祖国では、未来視という呼び名ですが」

「みらいし? 聞かない呼び方だな」

「その疑問はもっともかと。これは、我が祖国の窮地を救った英雄が、今の先は未来であり、それを視覚としてとらえるのだから、未来視だろう。と発言したことにより、以来、未来視と呼び名が変わった経緯があります」

「未来視ねぇ……それで、サリュウの先のことが見えなかった。ということか」

「……それは、僕は大丈夫なのかい」

 先が見えないとセロが指摘したことによって、不安になったサリュウは、そう問いかけた。

「わからないの。私もこんなことは初めてだから……ただ、数日後亡くなった人でも、それよりも先を視ることができていたから、絶対ではないの。だから、視えないだけだと思う」

「そ、そうなんだ」

 なんとも微妙な言葉をもらって、サリュウもまた微妙な反応を返すしかなかった。

 そのあとも、未来視について話をしたことでわかったことがいくつかあった。

「なにもしなくても突然に未来視?が見えたりするって、……なんとも不思議な力なのね」

 サンニアはどうにも、宗教的な話のような気がしていたが、実際はそうでもなく、何かを特別に信仰しているということもないとのこと。

「祖国では、先祖や英霊の御霊による奇跡であるとされています」

 さらにリアスがいうには、歴史書を紐解けば、この力の発現があった時代は、共通してなんらかの苦難が訪れていたこと。そして、力を発現をしたものは、その力に従い、世界を巡らなくてはならないとサリュウたちに伝えた。

 「ラーシャは良家の子女として育ち、八歳の時にこの力に目覚めました。そこから一年、旅をするための訓練を行い、昨年、祖国を旅立ちここにたどり着きました。私は祖国より、彼女を守るようにつけられた騎士になります」

「わたしは別になんとも思っていないわ。たまたま、わたしに力が巡りあわさっただけよ。いろんなところにいけるから、むしろよかったくらい」

 食器を脇におきながら、そう笑顔で言葉を発したラーシャ。

 リアスの目元に、数瞬、その言葉とは、ほど遠い感情が走ったのを、サリュウたちは見逃さなかった。

「そうなんだね。ぼくたちもね、世界を巡って旅をしているんだ。僕は自業自得なんだけどね」

「ふーん、たいへんね。でもこうして出会えたんだから、わたしたちには、なにか縁があるのかもしれないわね」

「そうかもしれないね」

 ラーシャはよくしゃべる子だった。そのあとも、祖国のこと、実家のこと。兄妹のこと。友達のこと。思い出すように語り続けた。

「……それ、で、ね…」

 うっつらうっつらと舟を漕ぎ始めたラーシャにリアスは声を掛けた。

「ありがとうございました。さあ、眠ってしまう前に、もう行きましょう」

 すでに、ほとんど眠ってしまってるラーシャを抱きかかえて歩き出そうとしたリアス。

「あのっ、よかったら、僕たちのテントがあるので、そこに」

「いえ、さすがにそこまで、お世話になるわけに…」

 足を止めて返事をしたリアスに追撃を浴びせるように声がかかる。

「だめ、ここでいいじゃない、ね?」

 足を止めて返事をしたリアスは、アーシャの言葉に迷いを見せた。

「……ですが」

「はいはい、わたしとセロも賛成なので、多数決でラーシャはテントね」

 ラーシャを抱きかかえたままのリアスの背に素早く回ったサンニアは背中を強引に押していく。

「あ、あのっですが…」

「寝かしとけって。こどもは寝る時間だ。そうだろ」

「……わかりました、ご厚意に感謝します」

 サリュウ一行の攻勢に押されたリアスは負けを認めて、ラーシャをテントに寝かせた。

「ほら、私が近くで見ておくから。……あなたも、吐き出しておきたいことがあるんじゃない?」

「…………ラーシャを、よろしくお願いします」


 サンニアにラーシャのことを任せて、リアスは焚火の前まで戻ってきていた。

「嬢ちゃん。ああは言ってたけど、実際は違うんだろ?」

「……はい。国の決まりとはいえ、ラーシャにとっては辛いことの連続だったおもいます。しきたりにより、家族とは絶縁。それと同時に、彼女は公人であることを求められました」


 宣誓の儀、謁見の間。

「わたしは選ばれたのです。そう、これは、とても光栄なことです」

 国王の前で宣言をしたラーシャの姿は、それは立派なものだったそうだ。

 そのあと、彼女はすぐに、旅をするための知識と体力を得るために、厳しい訓練を課せられました。私が、関わるようになったのは、それから、半年が過ぎた頃になる。


「今日からあなたに、護身の術を教えるリアスです。敬称は不要ですので、リアスとお呼びください」

「リアス。これから、よろしくお願いします」

 しっかりとした受け答えに聡明さを感じさせた。


「早く立ち上がりなさい。敵は待ってはくれませんよ」

「……っはい!」

 それからの厳しい訓練にも食らいついてきたことに、ただ、感心をしていた。


「戦いなど知るはずもない、おさない彼女が泣き言もなく、必死に訓練をこなしていく姿に、私は、勘違いを……」


 その日の彼女は、あきらかに精細を欠いていました。

「そんなことで、使命を果たすことができるとお思いですかっ」

 激を飛ばす私の言葉に、いつもとは違い、小さく返事を返してきました。

「……はい。わたしはかならずしめいをはたします」

「その声はなんですかっ! もっとはっきりと言いなさい。あなたは選ばれたのですよっ」

「…えらばれた………って、わたし、は…わたしは……」

 彼女のなかで、なにかがはじけたのでしょう。

「わたしはっ、…わたしはしめいなんかしらないっ……なんで、なんでっ わたしだけ……こんな、こんな……つらいおもいをしなくちゃいけないのっ」

「あなたは何をいって……」

「きょうはっ きょうだけはっ みんなにあえるっ……て」

 私は知らなかったのですが、お付きの侍従が口約束をしていたそうです。誕生した日だけは家族と過ごせるよ、と。

 これまで、涙を流したことも、泣き言すら一つもなかったラーシャは、ただ、ずっと我慢をしていただけだった。

 頑張って、がんばって、耐えて、たえぬいたら、家族に会える。たったそれだけを希望にラーシャはただ耐えていただけだった。


「泣き崩れたラーシャに掛ける言葉が見つからなかった……私は、ラーシャは特別な、選ばれた子なのだと、勝手に勘違いをして……」


等身大のラーシャは、家族が大好きで、おしゃべりが好きな、ただの9歳の少女だった。


命令通りに、淡々と彼女と接してきたことを悔いた。


「私には、なにも見えていなかった」









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