第112話宿場の町
「今日はここで、一泊する予定になっております」
御者は、サリュウたちから伝えられていた宿場の町の一つに幌馬車を停めると、そう声を掛けた。
「出発は、日の出とともになりますので、遅れないようにお願いいたします」
御者から注意喚起を背にして、お金に余裕のあるものは、宿へ。逆にないものは、宿場の町の近くにある野宿ができるよう整備されている休憩所へと移動していく。
帯同者となったほかの四人を見送っていると、アーシャが声を掛けた。
「ねぇ、サリュ。商人さん、王都に店を出すなんて、なかなかやり手なのかな」
太めの商人を思い浮かべたサリュウは、自分のお店というだけでもすごいと感じていたが、商会を任されていたサンニアにも、きいてみることにした。
「僕はすごいとおもうけど、サンニアはどう思う」
「そうね、場所にもよるんじゃないかな。大通りとかは大商人とか、貴族とかの口利きがないとなかなか難しいものなの。だから、少し外れた場所にお店を開くとはおもうのだけど……」
サンニアは、なにか思い当たることでもあるのか、続けざまに呟く。
「……うーん。あのひと、どこかで見たことがあるような気がしているの……」
「そうなのかい」
「気のせいだとは、思うのだけど……」
サンニアは記憶のなにかに引っ掛かりを憶えるものの、導きだすことができない様子だ。
「なぁ、とりあえず、さっさと宿に行こうぜ」
セロがそう言ったのも、すでに、幌馬も御者によって停留所へと移動していたために、宿場の町の入り口にいるのはサリュウたち四人だけになっていたためだ。
セロからの声に了承を示したサリュウたちは、宿場の町のなかへと歩き出した。
砂漠の街から、王都までは街道が整備されていることもあり、幌馬車なら、だいたい、四日から五日程度で到着することができる。
基本的に料金は五日分で計算されており、悪天候以外で、遅延が発生した場合に限り、一日おきに延滞金が発生する仕組みになっている。この辺りは、御者を雇うことで、その証明がしやすくなるため、ほとんどの場合は、御者付きで運行されていた。
サリュウたちも、お金に余裕があるわけではないため、今回の旅では一日おきに宿、野宿、宿、野宿。という形をとることにしていた。
どの宿も似たり寄ったりではあったが、サンニアが先頭に立っていくつかある宿との交渉を行っていた。
「二人部屋を四人で借りたいの」
「狭いですから…おすすめはしませんよ。それに、寝具等の都合がありますので、二人分のお値段というわけには……」
「ええ、それはわかってるけど、二人部屋なんだから、三人分でどうかしら」
「……そういうことでしたら、寝具はこちらで移動させておきますので、料金は三人前ということで、お泊り下さい」
交渉がまとまったのか、サンニアが指先で〇を出した。一つ目は頑なに料金を下げることには了承せず、二つ目はそもそも、二人部屋は二人部屋だからと、取り合ってもらえなかった。そうして、三つ目の宿で成功したのだ。
「それじゃ、さきに私たちが着替えたりするから、適当に時間を使ってきてね」
サンニアとアーシャは部屋へと寝具が移動をされてから、先に宿へと入っていった。
「さて、と。俺はどうするかな。……ちょっとぶらついてくるわ」
セロは宿場の町の周囲をみまわるようで、どこかへ歩いていった。
「……僕はどうしようかな」
特に用事というもの浮かばないサリュウは、どこか腰を下ろせそうな場所はないかと歩き出していた。
夕方ということもあり、酒場に灯がともりだしてからは、いざなわれるように吸い込まれていくひと、ひと、ひと。
「お酒か…おいしいのかな」
サリュウは13歳から旅を始めたこともあって、いまだにお酒を口にしたことがない。また、興味がないわけでもないけれど、路銀を費やしてまで、飲むものではないと考えてもいたからだ。
そうして眺めていると、見覚えのある女性が一人、酒場へと吸い込まれていた。
「顔色がよくなかったのに、大丈夫なのかな」
吸い込まれるように入っていた女性は、出発に遅れて、あわてて、駆けてきたひとになる。
サリュウはいささかの心配をしたものの、馬車で一緒に王都に向かうだけの間柄で心配をし過ぎてもしかたがないかと、考えなおして、その場をあとにした。
そのあとも、手持ち無沙汰になりながらも、歩きまわり時間を使ったサリュウは、泊まる宿へと戻ることにした。
宿へと帰る途中に、騒ぎがあるのか、小さな人だかりできているのに気づく。
「……てくださいっ」
「ひとりなんだろう、酌ぐらい付き合ってくれてもいいじゃないか」
近くに寄り、覗いてみると、どうやら女性と男性がなにやら、揉めている。
サリュウは場合によっては止めに入ろうと様子を窺った。すると、女性の手首を握ったまま放そうしない、酔っているのだろう顔が赤い男は、声を上げた。
「おい、おれがこんなに言っているのに、いうことをきけないのかっ」
女性の抵抗に腹を立てたのか、大声をだした男。
「だから、手を放してくださいって何度もいっています」
釣られるように女性も同じように声量が上がり、その声量に耳をやられた男は激高。
「がたがたいってないで、おいっ こっちにこい」
「きゃあっ」
張り上げられた声に腹を立て、手首を強引に引っ張り連れ出そうとしたために、女性がよろめき倒れそうになる瞬間。
「っとと、おいおい。強引な男は嫌われるもんだぜ」
倒れそうになった女性を片腕に抱えながら、男の腕を掴みあげたのは、酒場からでてきたセロだ。
「いでででででっ」
セロは、痛みを訴えた男の腕を放るように離す。
「なにをするん…だ、です、か…」
掴まれていた腕をさすりながら、文句を言うつもりで睨み上げた先にいたのは、腕に無数の傷がある戦士のような体つきをした男。張り上げていた声の最後はしぼんでいた。
「あー、なんだ。口説くなとかそういう話じゃないんだ。言いたいことは、わかるか」
「……はい」
酔いが醒めたのか、勢いがなくなった男の姿に、セロは冷静に想いを口にした。
「酒がうまいのも、酔うの自由だ。だが、酔ってるからなんていう理由で無体をはたらくっていうんなら、そいつはだめだ」
「はい……すいませんでした」
「俺にじゃない。そうだろ」
ハッとしたのか、酔っていた男は、女性に向かって頭を下げて謝罪した。
「すみませんでした」
「……」
どうにも、怒り心頭な女性の姿に、セロは一つの提案をすることにした。
「どうだ、どうせなら、俺から一発殴っといてやろうか」
と、拳を握りしめて、手のひらへと豪快に「バシツ」と合わせた音が響く。
「ひぇっ」
その音に、セロのような男からの一撃を想像したのか、おびえた声をあげて尻もちをついた男の姿に、女性は溜飲がさがったのか、謝罪を受け入れることにした。
「……二度と同じことをしないでください」
そう言うと、男の頭に手を添えた。
すると、なにかが、男に入っていくのを、外から眺めていたサリュウだけは見逃さなかった。
「あ、あのっ」
突然に声を挙げたサリュウに、視線が集まり、女性もまた声に気付き、男の頭に添えていた手を離した。
すると、男は立ち上がり、走り去っていった。
「なんだ。サリュウいたのかよ」
「セロがかっこよかったからね、つい見惚れていたんだ」
「あー、それは男以外にいわれたいわ」
と、ちらっと女性を見る。
「……かっこよかったです?」
「おっ、ありがとうよ」
と笑顔で、片目を閉じて開けるセロ。その仕草が気になったサリュウは疑問を口にした。
「いまのはなんだい」
「遺跡を回って旅をしている時にな、そういう仕草があるって教えてもらったことがあるんだ。そこでは合図に使ったり、男女がお互いを誘うときとかに使う風習があるんだとよ」
「…あら、それはわたしが誘われたってことかしら」
「ああ、そうだぜ。一杯どうだい」
「じゃぁ一杯だけ付き合ってあげる。お礼もかねて、ね」
「いいねぇ サリュウはどうする。飲んでみるか」
「飲んでみたい気もするけど、今度にするよ。二人には僕から言っておくよ」
「そうだったな。よろしく頼む」
「先に入っていて、ちょっとこの子に用があるから」
その言葉にセロが酒場に入っていき、女性はサリュウのもとまで近寄り呟いた。
「大丈夫。すこしだけ、お酒を飲みたくなくなるおまじないを掛けただけだから」
「!?」
「だから、声を掛けたんでしょう。ふふふっ 反応がかわいいわね。それに……どこか似ている気がするわ」
サリュウの瞳の先を見通すかのように見つめながら、女性はそうつぶやいた。
「誰に、ですか」
「ふふふ。秘密。遠い過去の人、かな」
そう茶化すように、先ほどのセロと同様の仕草をしてから、背を向けて酒場へと入っていく女性をしばらく眺めてしまっていたサリュウは、姿が見えなくなると、我に帰った。
「……しまった。はやく帰らないと」
ちょっとドキっとしたので、アーシャにも試してみようかなと練習しながら、宿へと帰るサリュウであった。
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