第111話太めの商人

 出発までにあったひととき。


 募集を出してしばらくすると、さっそく太めの商人風の男が交易所の近くにある馬車の待合所に顔をだした。

「ここで、王都までの乗合いを募集していると聞いてきたので……おや?」

「……あなたは、あのときの商人さん」

「こいつぁ幸先がいい。あのときは随分と世話になりました」

「あーっ、あのときの変なものつんでた人っ」

 横にいたアーシャも思い出したのか声をあげる。

 募集に集まってきた太めの商人は、以前、ボウセイの街に行く途中で出会い、謎の商品を積んだ荷馬車の主になる。

「どもども、今日は海側に運ぶものができたんで、その帰りでしてね。王都までの帰りは、もう歩くっていうのが億劫でしょうがなかった時に募集の話をききまして、飛んできたわけでさぁ」

 そのあと、太めの商人は久しぶりの再会がうれしいのか、話が止まらない。聞いてもいないのに、あの後のことを延々と5分は話していく。

「それでね、変なものを積んでたじゃないですか。これが、うまいこと大体売れましてね。ほっくほくでしたわぁ」

「それはよかったです」

「でね、っと、募集にほかのかたが来たようですんで、これで」

 すっと硬貨の入った袋に手を出すと、8等分した料金よりも多めに渡してきた。

「あ、あの」

「いいってことですよ。あの時の魔物から守っていただいた分ってことで。ほら、2人組の方が待ってますよ」

 有無も言わさずに、横にはけていく太めの商人。

「サリュ。お礼も兼ねてるって言ってるんだから、もらっておこうよ」

「……そうしようか」

 受け取った硬貨をしまい、背の高さから大人と子供だろう旅人風の2人組に改めて説明する。この幌馬車が王都行きであることと、8等分の費用がかかることを。

 説明に納得したのか、大人であろう方がフードをとって顔をさらした。

「それで、かまわない。よろしく頼む」

「……」 

 フードをとったことで露わになったのは、凛とした顔つきをしていて、女性としてはめずらしく、男性のように髪の短い女性であった。また、そのたたずまいと物腰から、彼女の後ろにいるフードを被ったままのもう一人の護衛であろうことが、察せられた。

 彼女は二人分の料金を渡すと「さぁ、先に乗って待ちましょうか」 と声を掛けて幌馬車へうながす。フードを被ったもう一つはコクリと頷くと、二人は幌馬車に乗り込んでいった。


「わたしも髪を短くしてみようかな」

 アーシャはこれまでには見たことのないタイプの、凛とした立ち姿の美しい女性の姿に少しだけ憧れが芽生えていた。

「ふふ かっこよかったからね。僕はアーシャなら短いのも似合うとおもうよ」

「そうかなぁ」


 この国の女性は、美意識として髪を美しく伸ばすことが定着しており、短髪の女性というのは何らかの訳ありであると、敬遠されることになる。ましてや、男性のような短髪をする女性を見かけることは、ないに等しい。


 サリュウとアーシャがそんな話をしていると、出発の予定の時刻が迫ってきていた。

「あと一人は乗せられるけど、時間がきたら出発しようか」

 もう一人乗せたほうが、節約になるのはわかっているが、いたずらに時間を浪費してはそれこそ、幌馬車を借りる日数が増えて費用が余計に掛かってしまうことになる。

「そうだね。二人が帰ってきたら出発しよ」

 セロとサンニアは、これからの移動に必要なものを買い出しに行っていたので、その帰りを待って出発することにした。


 さきにセロが、それに遅れるように、サンニアが待合所に帰ってきていた。

「おまたせ、それじゃ行きましょうか」

 サンニアが乗り込み、幌馬車はほぼ満員になった。

「御者さん。出発してもらえますか」

「了解しました。それでは王都に向けて出発いたしますので、お気を付けください」

 御者は、短足ながら力強いバンケイと呼ばれる馬の手綱を引いて、出発の合図を送る。

 バンケイは一鳴きあげると、ゆっくりとだが、確実に前へと進みはじめた。


 その時だ。

「そこの、そこの馬車っ 止まって」

 慌てたように声を掛けてきた女性の声に気付いて、幌馬車を止めてもらう。

 止まった幌馬車に走り寄って、女性は息も絶え絶えに、声をだした。

「はぁ はぁ はぁ ご、ごめんなさい。私も、はぁ の、乗せてもらってもいいかしら」

 女性はもともとの肌の色が薄いせいもあるのだろうが、顔色が悪くみえる。

「それは構いませんが、その、大丈夫ですか」

「え、ええ、ふぅ 少し落ち着いてきた。もう、大丈夫よ」

 呼吸の落ち着いてきた女性に、先ほどと同じように目的地と費用の説明する。

「それでいいわ。止めてしまってごめんなさいね」

 お金を払い、謝罪をすると女性は空いている席へと乗り込んでいった。そして、改めて御者にお願いをして、王都に向けて出発を再開した。


 砂漠の街を改めて出発した幌馬車は、着実に王都へと駆けていく。


「よもやこのような場所での再会を、わっしは喜ばしく感じている次第です」

 サリュウの横に座っているのは、あの太めの商人になる。先ほどでは、話し足りなかったのか、是非にとサリュウの横を譲ってもらってまで話し続けていた。


 幌馬車は、帆の屋根がついており、進行方向に向かって、右側と左側にそれぞれ四人が座れる程度の長椅子があるだけの簡素な造りをしている。

 右側には前から、サリュウ、太めの商人、アーシャ、セロ。

 左側には、サンニア、2人組の旅人、そして遅れてきた女性の順になる。


「……で、なにやら、きな臭いことになっとるらしい」

「そうなんですか」

 サリュウは丁寧に一つ一つに相槌を打ちながら、返事をしていく。

「それでこれは極秘なんだが、……」

 と極秘という割には声が大きい太めの商人。

「……実はわっし、王都で店をひらくことになりました。どうぞよろしゅうたのんまっす」

 と乗っている全員に向かって、殊更に大きな声で宣言をした。

「……」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……」

 極秘という言葉につい耳を澄ませてしまった面々は、乗せられたことに若干の悔しさをにじませながら、沈黙を保つのであった。


「がっはっはっはっ」

陽気な太めの商人の笑い声が響く幌馬車は街道を駆けていく。












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