第110話街道を行く
砂漠の街での夜を過ごして、朝を迎える。陽の光は暗い闇を照らし出すように昇り始めた。
早朝の冷えた空気は隙間から吹く風となり、サリュウの頬をやさしく撫でる。そのやわらかな感触にくすぐられて目が覚めたサリュウは、未だ静かな宿の廊下を歩いて外へと出た。
「おはよう、サリュウ。昨日の夜はどこにいっていたの」
少し肌寒い爽やかな風に揺れる髪を抑えながら、佇んでいたサンニアの言葉だ。
「おはよう、サンニア。知っていたのかい」
「寝付けなくてね。扉を閉める音がしたから、そうかなって」
そう声を発したサンニアを、見つめるサリュウ。
「……えっ、となに?」
それでも返事をせずにジッとこちら見つめるサリュウは、サンニアに近づいていく。
「あ…え、あの、え?」
スッとサンニアの髪を触ると、黒く艶のある髪色に似た糸くずを掲げるサリュウ。
「ごめんね、何か変だなっておもってたら、これだったね」
「あ、ああ、うん。ありがとうサリュウ」
突然に近寄られて、どぎまぎしてしまったのが少し恥ずかしい。
「昨日はちょっと僕も寝付けなくてね。外に出たんだ。そうしたらセロがいてね、しばらく他愛もないことをしゃべっていたんだ」
「あ、そうなのね」
「うん。それで、話していて感じたけど、やっぱりセロは頼りになると改めておもったよ」
「そうね。頼りにはなるわ。遺跡さえ関わらなければ、ね」
少し前のことを浮かべているだろうサンニアの指摘通りに、どうにも遺跡など、考古学的な意欲なのか、ロマンに魅せられているのか、そういったものに夢中になっいたセロを思い浮かべる。
「ふふ そうだね」
水の精霊ウィーネに会うために訪れた遺跡。そこでセロは、周りが見えなくなるほどに夢中になって資料を書き綴りはじめた。それも、10分やそこらの話ではなく、軽く30分は書き続けていたのだ。
「ロマンねぇ…わたしにはわからないわ」
「これは理解を得るのが難しそうだね」
サンニアは商家の娘ということもあって、現実的な考え方を良しする傾向が強い。逆に、サリュウは田舎の村から飛び出して旅をしてきた。世界は見たこともないもの、景色で溢れていて、そ壮大なまでに広く、その懐の深さに感動を覚えながら、ここまできていた。そのため、セロの気持ちがちょっとはわかる気がしている。
「男の人ってどうしてそうなのかなぁ」
とサンニアは、すこし呆れるような言葉を発した。
「僕はそんなことはないとおもうよ。女性にだってきっといるさ」
訝し気なサンニアを横目に、サリュウは考えていた。
男性優位な社会が形成されているとしても、獣人族が排斥されるように侮蔑されていようとも、そんな社会とは、関係なしに生きている女性がいて、羽ばたいていく獣人族のひとがきっといるはずだ、と。
「少し違うけれど、サンニアだって、女性でありながら、一つの商会を任されて商売をしてきたんだよね?」
「そうだけど。……それは、そうなんだけど」
サリュウが言うように、サンニアだってそんな風に女性がなにかを求めて、自由に生きていけるならば、もっと社会の幅が広がって良くなるだろうことはわかっている。けれど、一商会を任されていたからこそ、見てきた現実がある。
「うん、何となくだけど、わかるよ。けれど、種族も性別も関係なく、誰もが同じ目線で歩ける世界があったら、って思うんだ」
そう、砂漠のオアシスでみた子供たちのように、種族も性別も関係ない世界が実現できたら……。
「……そうなったら、いいね」
現実という壁は、とてつもなく大きく、超えることはできないかもしれないけれど、サリュウがいうように、そんな世界があったら良いなっておもう。
二人の会話が一息付いたのを、見計らったように声が掛かった。
「おいおい、なんで朝からそんな壮大な話をしてるんだ」
起き抜けに近くで聞いていたのか、あくびをしながらセロが姿を現した。
「おはよう、セロ」 「おはよう」
「おう、おはよう二人とも。朝からそんなデカい話をするよりも、飯にしようぜ」
お腹をさすりながらそう言うセロに同意をみせる二人。
「そうだね」 「アーシャを起こしてくるわ」
「俺たちはここで待ってるよ、な」
「そうするよ。サンニア、アーシャをよろしく」
サンニアはアーシャを起こしに宿の中へと戻っていく。
「朝くらいは、ゆっくりしようぜ」
「そうなんだけど、あのあと、眠る前に、こうふっと思い浮かんだからから、きっとそのせいかな」
「まっ、目標やら目的ってのは口に出したほうが、叶うってきくからな」
「そうなんだね。実践していくよ」
「ほどほどに、な」
朝の弱いアーシャをつれたサンニアが戻ってくるのに合わせて、皆で朝食をすませる。
食事をとりながら、これからのことを確認するかのように、アーシャは問いかける。
「ねぇ、王都までは歩いていくの」
「馬車はやっぱりお金がかかるから、そうしようかと考えてるよ」
サリュウの返事を聞いたサンニアは、少し思案してからこう切り出した。
「それなら六人か、八人乗りの幌馬車を借りて王都に行きたい人たちを乗せて料金を折半して向かうのは、どうかな」
「なるほどな。それはいいな、そうしようぜ」
「わたしもそれでいいよ。サリュもいいよね」
「そうだね、そうしようか」
皆の合意を得たサンニアは、朝食を済ませると、馬と幌馬車を借りに交易所へと向かっていくのだった。
交易所とは、海側諸国からきた商売人と王国側からきた商売人とが、互いに売買するために設けられた場所であり、海の向こうからの趣向品などを手に入れられるとあって、交易所は賑わいをみせている。
また高額な商品などは、直接貴族のもとまで出向いて販売している反面、日用品や少額の民芸品などは、ここで売買されている。
海側からの流通ルートでもあるここ砂漠の街は、そういった商人や旅人を王都に向けて運ぶために、寄り合い馬車が一般的に活用されており、幌馬車も借りることができるようになっていた。
御者を雇う必要があり、歩くよりも割高になるのだが、乗合いなら料金を抑えられ、さらには時間を短縮できるという魅力があるため、募集をするとすぐに集まることが多い。
過去に実際にあったのだが、この事業は国が管理していることもあって、馬車の強奪などをすれば地の果てまでも追うかのように、軍騎士を挙げての捕縛劇になるため、襲うものは皆無に等しくなったといっておこう。
8人乗りの幌馬車を借りたサンニアは、サリュウたちと合流してから、募集を掛けて待った。しばらくすると、王都に向かうという見覚えのある太めの商人が一人と、フードを深くがぶった旅人風の二人組、さらにはもう一人別の旅人をのせて、王都に向けて出発していく。
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