第十章 幌馬車
第109話
サリュウたちは、木の精霊から頼まれていたものを、水の精霊ウィーネから受け取り、始まりの木がある王都へと歩み始めていた。
「砂漠とはしばらくお別れだね」
「サリュはどうかはわからないけど、わたしはもうあんまり来たくないかな」
衣服に着いた砂埃を払いながら、汗と砂でざらついた肌を擦りながらアーシャは本音を漏らした。
「そういうなって。砂漠もいいもんだぜっ。なんせ遺跡があるしな」
快活な声で砂漠も悪くないというのは、セロだ。
「遺跡って、それは、あなただけしょう。私もちょっと、もういいかな」
セロの趣向に呆れながら、暑さはともかく、この砂埃だけは慣れそうにないサンニアは、アーシャと同じ感想を抱いたようだ。
「そうだね。感じることはそれぞれにあるけれど、街に入ろう」
「そうしよう」 「今日はここで一泊だな」 「そうね」
オアシスをあとにして、砂漠を渡ったサリュウたちは砂漠の街へと入っていく。
夕闇は、夜へとなり、空には大きな月が昇る。
外から吹き込む涼し気な風に誘われて、サリュウは宿をあとにした。
「昼間とは大違いだ」
陽が落ちれば急激に気温は下がっていく。昼間の日差しで火照った体にはちょうどいいような、ちょっと肌寒いような感覚をもちながらも、砂漠の関所付近まで歩く。
誰もいない広場で、見上げれば、遮るもののない星の輝きに目を奪われた。
「綺麗だ……月の光に導かれるかのように手を伸ばしたくなる」
言葉に合わせるように月に向かって手を伸ばす。
空は星々が彩り、月明かりが僕だけを照らしている。
「僕は選ばれた勇者なんだ。必ず世界を救ってみせる」
ふと、言葉にして、笑みがこぼれる。
「なんて、ね。僕は僕でしかないんだ。勇者なんてだいそれた存在なんかじゃない」
精霊の力は、強大な魔法の力となって顕在する。
「……この力が、ちからが怖い。僕は、ぼくのままでいられるのだろうか」
サンニアを叩いてしまった自分も、まぎれもない自分だった。
「いつか…この手で、大切なだれかを……」
伸ばした手は、力の重さに耐えきれないように、落ちて、下がっていく。
胸の前まで下ろして掲げる手のひら。
「僕が…」
その光景におびえる自分をごまかすことはできない。
「ぼくは……」
静寂に飲み込まれるように瞳を閉じて、サリュウは、ただ佇んでいた。
「あーなんだ、黙って聞いてるつもりだったけどな……」
不意の声に驚いたサリュウは目を見開き、声のさきへと視線を向ける。
「わりぃ、わりぃ。いやよ、サリュウがあとから来たんだから文句はなしだぜ」
そう弁解しているのは、砂地の所で寝そべっていたのか、上半身を起こしているセロ。
「うん、文句はないよ。ただ少し、恥ずかしいだけだよ」
「恥ずかしい、ね。おい、サリュウ。怖いって感じることは大事なことなんだ。わかるか?」
「そう、なのかな」
「ああ、そうなんだよ。怖さをしらない人間ってやつは、すぐにその快楽に溺れちまうものなんだ。力だってそうだ。何のために得ようとしたのか、忘れて溺れちまったら悲しいだろう」
「……うん、そうだね。セロ」
「サリュウが旅を始めた理由は聞いたけど、いまどうだ。どうしたい」
セロの言葉に、サリュウはこれまでのことを思い浮かべていた。
「ゆっくりでいい。心に目を向けろ」
導かれるような言葉に、サリュウは、瞳をとじて、記憶を辿る。
偶然とはいえ、魔王なるものを復活させてしまった過去。
『光の精霊』に従って、アーシャと二人で飛び出した、生まれ育った村。
始めの一年は、苦難の連続だった。
やっと見つけた闇の精霊が祭られていた墓所。
おそろしく強く感じた敵、ミノタウロス。
誰かの声とともに、アーシャの危機を助けた、魔法の力。
サンニアと出会い、力のなさを悔いた街。
火の精霊ヒューンの言葉。
地の精霊を探して立ち寄った教会
地の精霊との邂逅。
在り方を説いてくれたキリスとの出会い。
目覚めた火の力。
大切なことを見つめなおせた王都での日常。
木の精霊、そして、水の精霊ウィーネ。
「その心を忘れるな」
あの時、きこえた言葉が胸に染みる。
サリュウは一言、一言に魂を込めるように、声をだした。
「僕は……アーシャを守りたい。サンニアを、セロを。みんなを守りたい」
「そうだ。力はそのために使えばいい。間違いそうなら俺がこの拳で、ぶん殴ってやるから心配するな」
そう力強さを感じさせる拳を掲げたセロ。
「ふふっ それは、痛そうだ。でも、もしものときはお願いするよ」
「あぁ、任せておけ。極上の一発をお見舞いしてやるから、覚悟しておくんだな」
いつのまにか、静寂はなりを潜めて、二人の会話は弾んでいった。
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