第17話サンニア

サンニアは商家の生まれだ。

生まれた当時でも、そこその規模の商家だった。父親は商いの才が特筆していたのか、家族が増えるごとに商会を大きくしていった。

兄は2人いて、どちらも年の離れた妹には隔意なく接した。

サンニアが成人。15歳になる頃には、国一番といわれるまでに商会は発展していた。


サンニアは幼いころから父親についてまわるような子だった。

父も単純に喜び、ベテランの侍女の一人を世話役つけた。

母のように時に厳しく、やさしさに溢れた女性だった。

商いのおもしろさに触れつづけ、自然と勉強するようになる。

上にいる兄2人が商人として真剣に勉強を始めたのは10歳を超えたあたりだ。

そんな2人よりもサンニアは圧倒的に早くはじめた。

幼さ故に、変な先入観も、プライドも持たずに始めたことが功を奏したのか、その才を輝かせていく。


少し時が流れた。

これまでずっと一緒にいてくれた世話役の侍女が歳を理由に商会を去った。

あとから聞いた話では、死んだ娘の世話をできなかった分をわたしに使いたいと申し出て侍女についてくれたということだった。


私の母はすでに他界している。私を産んでから、体調が優れなくて、数年後なくなった。


新しく侍女についてくれたのは、商会が最も勢いがあったころに雇われた侍女だった。護衛も兼ねられる人材らしく、私の侍女となった。名はジョゼ。


15歳になる頃には、明らかに、上の2人よりもその優秀さが抜きんでていた。

思えばその頃から、すこしずつ兄たちとの関係はぎくしゃくしていった。

それを決定的にしたのは、

私自身が商会の一角を任されて、発展させたくて駆けまわっていたころだ。


「もっとも栄さえたものに譲る」


という父親の宣言だ。

まだまだ現役だと思っていた父親の突然の宣言。兄たちのどちらかが継ぐものだと思っていたから、まさに青天の霹靂だった。


兄たちも同様にどちらかだろうとは内心は思っていたところに、この宣言だ。


妹、サンニアを後継者にするために宣言したのではないか?


疑心にとらわれながらも、2人は努力した。尊敬している父親が作り上げた商会を発展させたいと心から思い、真剣に取り組んだ。


だが、現実は無常だ。


自分たちの努力で実った果実を収穫する頃には、サンニアは2人の努力をあざ笑うかのように、その実をより豊かにできる土壌を作り上げていた。


商人の1人として、気づいてしまったのだ。

いや、気づきたくなかったのだ。

自分たちの才能は、サンニアの足元にも及ばないことに。


いままで信念をもって努力をしてきたことが、途端に色褪せてむなしいことのように感じた。

それから、「サンニアさえいなくなれば・・・」

そう思い至るまでに時間はさほどにかからなかった。


商会というのは、いや商会にかぎらず、この世界のトップに立つのは男が一般的だ。それなのに、「もっとも栄させたもの」という文言がそれを覆し、現実が確信させてしまった。


サンニアのための宣言だ。と


2人は露骨にサンニアをさけるようになる。

長男は特に邪険に、もはや妹ですらないという扱いをするようになった。

次男はサンニアに勝つことをあきらめたのだが、心の整理がどうしてもつかなかった。


それでもサンニアは信じていた。

いつかは、昔みたいな兄さんたちも戻ってくれるはずだ、と。


商売の邪魔をされても、会ったときに仇のような目で睨まれ、「父に媚びをうったんだろう」と罵声を浴びせられても、サンニアは信じていた。


いつかはきっと戻れるって。


その頃からだ。しきりにガラの悪い男たちに付きまとわれるようになったのは。

遠巻きからつきまとうだけだったものが、次第にエスカレートして、絡んでくるようになった。そのたびにジョゼは「新たに護衛を雇いましょう」と提言してくれていたけど、信じたくなかったのだ。兄が、あのやさしかった兄が私を襲うようにしむけるなんて。


南方でのやりずらさもあったが、

「一度距離をおけば、関係が少しはマシになってくれるんじゃないかな」

と考えていたとき、取引のある商人から聞かされたのだ。

「妙な商品ばかりが集まり、売り買いする街がある」

という噂を聞いたのは。

なんでも、どこかのボンボンが戯れに謎の商品を高額で買うようになってから、噂を聞きつけた商人がこぞって謎の商品を集めては通うようになったらしい。それがまた意外と盛況だという。


「いってみようかな?」

ふと呟いたサンニアにジョゼは考えていた。


最近はずっと思い悩んでふさぎ込みがちだったサニーの気分転換にでもなればいいな。と


「そうですね。いってみるのもいいかとおもいます」

そう思い背中を押した。




視察の先はボウセイ領にある街だ。

どうやら露店の一角がそうなっていることが近づくにつれてわかった。

盛況なのも事実だった。

聞き込んだ商人は、古びた民家を次の住民の依頼で中を片付けたときに発見された藁でできた不気味な人形を売っていたそうだが、さるところの坊ちゃんがあらわれて、売れれば儲けものと銅貨3枚で並べていたものが、金貨1枚に化けたという。

それ以来、変なものを見つけては持っていってるらしい。


それと同時に、ボウセイ領の内情、息子ボーセイヌの悪評も同じようにきくことが多くなった。表立っての治安はまだましなようだが、裏では後ろ暗いものを囲っているとも聞く。


サンニアとジョゼは期待と不安も抱きながらボウセイの街ついた。


街は思ったほどに悪くはなかった。

なにが売っているのかわからないという露店の一角は、確かにどの店も謎の品ばかりを陳列しており、「これは?」ときいても「さぁ?」 という返事しか聞けない商人にとっての魔境だった。


それでも人が集まり、ああでもない、こうでもない。と効果を推測し合う彼らは楽しそうだった。

客も店主もなく、ただただなんだこれ??と話す風景が、




なんだか暖かくみえたのはなぜだろう。




大きくなってしまった商会は効率的に動いていた。

利益を求めて、より大きな商売のために販路を拡げて、たくさんの人たちと関わりあった。顔すらもわからない取引なんて当たり前にあったし、それが悪いことだとは思えない。


どこかのだれかでもいい。商いを通して繋がっているんだ。


そんなところが大好きだった。

夢中になって商いをしてきた。


いまのわたしは、商いを楽しめているのだろうか?




ふいに落ちた涙。「ふふっ」おかしかった。

あんなに大好きだった商いがわたしをくるしめているなんて、

おかしくて、涙がとめどなく溢れた。




「ごめんなさい。ジョゼ。少しだけ1人にしてほしい」

「サニー、でも」

「ごめんなさい」

「わかりました。少しだけ離れています」



当てもなく歩き出した。いい街じゃないのに、暖かさに溢れた露店。


おかしいな。うん、おかしい。

思考がまとまらない。


気づけば男に話しかけられていた。

通せんぼをされたかと思うと、いきなり横から現れた男たちに路地へと引っ張り込まれた。

止めようとした男性がなぐり飛ばされていた。


どこか他人ごとのようにそのまま連れ去られていた。




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