第8話王宮騎士アリフール
アリフールには才能があった。剣だとか魔法だとか特定のスキルではなく、恵まれた体格とそれを支える運動能力という才能に。
単純になにかで競えば、初めは負けることもあるが、時間とともにアリフールの圧勝になっていく。そういう才能だ。
貧しいが一般的な家庭で育った。同年代では相手がいなくなり、年上に圧勝するようになると、自分には体を動かすことに才能があると気づいた。そのころから、体を使う職業につきたいを考えた。体を動かす才能を発揮できるなにかを探していたとき、巡回に訪れた、軍の騎士が立ち寄ることがあった。だれもかれもが屈強な彼らと話す機会があり、軍ならば腕次第で給金もあがることがあると知った。騎士はもともと一般職なら一日銀貨1枚のところが銀貨3枚とよく、王宮騎士にもなれれば、銀貨5~7枚もあり得ると聞いた時にこれだ。と思った。
家族に楽をさせられるようになれるかもしれない。
その想い十三歳になった年、軍の見習いに志願して、軍騎士の一員となった。
訓練は厳しいものだったが、全身を動かずことに関しては、とにかく才能があり、体の成長に合わせて、軍内部でも一目置かれるようになった。
そして、一通りの教練がおわり、初任務は、各地への巡回任務に赴いた。
赴いた各辺境は暴力が法となる過酷な世界だった。
人が人から、命すら奪い、奪いとられる日常が当たり前のように存在していて、
貧しくても、自分は恵まれた環境で育ったのだと実感もした。
はじめて、人を切ったことは生涯忘れないだろう。
血が、腕が、首が、臓物が。
そんな死がただ打ち捨てられる世界に響く笑い声を。
遠くから見据えて待ったあの時間を。
命を見つけたあの感動を。
命について考えるようになったのはその頃からだろう。
自分の命、他人の命。どこかで、だれかが、生まれて、死んでいく。
自分はなにを
うち秘めた迷いを抱えて、苦しんでいた頃だ。
若くして将来有望なアリフールを気に入った上官に娘を紹介されたのは。
気づけば嫁にもらっていた。一目惚れだ。生まれつき体が弱いと聞いていた娘さんは、色白でうつくしい女性だった。「子供は望めないかもしれないの」と告げられたが、「あなたと一緒に居られるだけでいい」と結婚した。
迷っていたことが嘘のように、そんなことはどうでもいいことに思えたんだ。
そこからは、強さは群を抜いて伸びるようになり、軍の騎士の中でも指折りの強さになれた。
あるとき、隣国との小競り合いが本格化の兆しを見せ始めた頃、妻が妊娠した。
報せを聞いても、自身の子への実感はわかなかった。
戦争の気配漂う中、休みをとれるはずもなく、前線に張り付いて過ごした。
まもなく、我慢の限界を超えた隣国の将軍が暴発。
境界線をまたいで侵攻してきた。
当然のように前線にいたアリフールも出陣して、獅子奮迅の活躍のすえ、隣国の将軍の首級を挙げた。一庶民から始まり、敵国の将軍の首級を挙げた功績に庶民は夢をみた。
歓迎の熱狂に迎らながら帰った街でまっていたのは、子の誕生と、妻の死の報せだった。
庶民の夢を体現したアリフールに残ったのは、2人の結晶だけだった。
何もかもを忘れて一緒になった彼女はいない。そばで元気よく泣く我が子にどうしようもない思いを抱え、立ち尽くした。
重くなる心に、「これを」と手渡されたのは、
出産前に書かれたメモだった。
メモには「あなたと一緒になれてよかった。私たちのこどもをよろしくね」
もしもを予感していたのか・・・。妻のため、
我が子を抱き上げ、この子のために生きようと決意した。
熱狂冷めやらぬなか、初めての子育てに四苦八苦しながら生活をしていたとき、
『功績をたたえて、王宮騎士に取り立てる。』と書状を持った使者が訪れた。
そんな、まわりからみれば、庶民が思い描くサクセスストーリーを体現した男をまっていたのは、快くよくない思いをもった貴族たちだった。
王宮騎士の生活は苦難ばかりだ。
庶民生まれの王宮騎士というのが貴族の鼻についたのだ。実力だけでいえば、二段も三段も劣るような騎士が、やれ生まれがどうだ、貴様の剣は野蛮だ。とそこかしこで宣い、足を引っ張ろうと躍起になったのだ。
王宮という世界はとにかく生まれを重要視していた。
それでも、妻に娘に誇れるように勤め続けた。
うんざりしながらも、さすがにやめようかと考えだしたある日、
娘が原因不明の発熱をだして、満足にうごけなくなった。
最初は風邪程度のものだろうと、難しく考えていなかった。
それが、少しずつ体を動かすことができなくなっているようだとわかった。
妻との約束のため、かわいい娘のために、その方法を方々に探し求めた。だが完治できると確証できる薬は、最低でも金貨300枚はするものだ。
王宮騎士といえど、それを買えるほどに給金は高くはない。銀貨にして5枚だ。これまでも探すために下げたくもない貴族子息の同僚に頭を下げ、金を渡して集めた情報の答えがこれだ。
娘は小康状態を保つためにも薬がいる。
迷いながらも、危険はあるが報酬が高いと知られる、トレジャーハンターになろうと王宮騎士を辞することも考えだしたころ、どこから聞きつけたのか、ボウセイ家の使いが現れ、娘と暮らせる住居を与え、一日銀貨7枚という破格の条件を提示してきた。いまでも、月の給金は銀貨150枚にたいして、生活費はどんなに切り詰めても二人で30は必要だった。さらに娘の状態を少しでも維持するためには毎日3銀貨必要だそうなれば、残るのは30銀貨ぐらいだ。
それが雇われれば、月に1金貨は残せるようになる。働き次第ではまだあげることもあるといわれて、ボウセイ家に雇われる決意をした。
ボウセイ領に娘とともに移り、護衛と警護の仕事をはじめた。
護衛はボーセイヌ・ボウセイが屋敷外にでるときの専属だ。
警護はそれ以外の時間をつかい、代理領主側の屋敷に対する侵入者対策だった。
あくどい噂は中央にいた頃から知っていたし、街で実際に目にしたこともある。
だが娘のためには、ほかは些細な問題だと切り捨てた。
ボーセイヌは、どうしようもない性格だった。
だが、あるときから、罵声や暴言は減りはじめ、どちらかというと無口になっていった。
そんなとき、
露店の視察でただの回復薬に「気分がいい」といきなり金貨1枚を払ったことには驚いた。あれは、ただの回復薬じゃなかったのか?
そんな性格でもなかったはずだと、
疑問もあったが、蓋をした。それからも、定期的に怪しげな露店をまわっては、よくわからないものを提示された値段よりも高く払って購入していた。
その噂を聞きつけて、露天商たちが謎の品を持ち寄るようになり、いつのまにか露店の一角が珍品市に進化を遂げた。わからなくもない。
そんな折のことだった、また癖のように、怪しげな露店で、何につかうのか謎のアイテムを、提示された値段以上で購入してから、呟いた。
「そういえば、アリフールには病弱な娘がいるといっていたな?」と。
一瞬ドキっとして、「おりますが、それが?」と尋ねる。
「オレに見せてみる気はないか?」
と言われ、思い出す。こいつは少女を集める癖があったことに。娘はまだ少女たちよりは年下だ。だが、
はじめは猫人族の少女、次が婚約者の妹だ。
まさかっ!?と沸騰した頭は、気づけばボーセイヌを襟を掴みあげ、持ち上げていた。
「ぐっぅぅぅ、落ち着けっ、ぐっなんて力だ。」
「娘をどうするつもりだっ!!」
「がっぁ、だから、落ちっ、けエ。病気がぁっ、何か、知りたくはないのかっ!!」
「!?」
「ふう、最後まで話を聴け。いつも冷静なくせして、とんだ親ばかじゃねえか」
普段とは違う口調で服装の乱れを直しながら、こちらに悪態をつくボーセイヌ。
幾分か冷静になったアリフールは尋ねた。
「本当にそれがわかるのか」と。
不敵な態度で、「ふっ、わかるぞ。こいつがあればな」
と先ほど購入した怪しげなアイテムを掲げた。
「なんだそれは、どういう効果あるんだ」と聴けば、
こちらの口調も気にせず、
「そうだな説明してやろう。このアイテムはチョーシーキと呼ばれるアイテムでな、患者、この場合貴様の娘の悪い部分に充てることで病気の正体がわかるすぐれものだ」
「体に当てる?」
「そうだ、恰好してはこうだな、こちらを耳につけて、この継がっている丸い部分をあてることで、その病名を教えてくれるものだ」
「にわかには信じらない。これまでも数多くの人物に見せても原因不明だったのだから」
「それはしかたあるまい。医学、医術、ん?この世界ではなんといえばいいんだ?まぁ実際にしてみればわかる。さあどうする。試すか試さないかをお前に決めさせてやる」
不敵に笑うボーセイヌ。信じるべきか、信じないべきか。
迷いはある。けれど、ボーセイヌは悪評が付きまとうわりに、実際に付き合ってみるそうでもなく、どちらかというと助けようしている節がある。猫人族の少女や、婚約者の妹も決して暗い顔していなかったことをおもいだし、試してみることにした。
「娘になにかあったら殺す」とだけ告げて。
「わからんでもないが、びっくりするほどの娘思いだな」あきれたように肩をすくめた。ボーセイヌをつれて、住まいに戻った。
「初めまして、お嬢さん」紹介されたボーセイヌは娘には普段とは全く違うおだやかな笑みを浮かべて、娘から症状を聞き出していた。
「じゃぁちょっとここに、これを押し当てるけど、痛くないからね」
とチョーシーキなるものを数か所か当てると、ボーセイヌは難しい顔したが、すっと笑顔にもどり、「もういいからね、ゆっくりしてね」と布団をかぶせた。
こちらに振り返ると、「ちょっとこい」と小さく告げ、外に出ていた。
ボーセイヌを追って、外に出ると、腕を組んで、考え込んでいた。
「娘はどうだったのだ」 「あー、とだな」
どう伝えるべきかなやんでいるようだが、
「二つほど患っている。血の病気だ。それともう一つべつのものもだな」と。
「血の病気とはなんだっ」思わず声が大きくなった。
「静かにしろ、娘は寝ているのだろう」 「ぐっ」
「そうだな、説明がむずかしいが、奥さんも体が元から強くなかったと聞く。おそらく、遺伝的なものでもあるとはおもう。遺伝とは親から子へうけつがれるものだとおもってくれ。それは良い部分も悪い分も含めて、という意味だ。」
「確かに妻は体が弱かった」 「ん?待てよそうなると・・・」
「アリフール。貴様の体も調べさせてもらうぞ。じっとしていろ」
わけもわからず、チョーシーキを数か所当てると、
「ふー、どうやら貴様は大丈夫なようだ」
「なんだ、それはどういうことなんだ」
「それについては詳しくは言えない。ただ夫婦の営みによって移ることがある。とだけいっておく。」
「それともう一つのほうもこのままなら確実に死に至る病だと断言する」
「!!?」
「嘘でないぞ、それはずっと見守ってきた貴様が一番わかっているはずだ。」
その通りだ。回復薬のおかげでぎりきり状態を保っているのは何となくは理解している。そして、それでも、少しずつ悪くなっていることも。
なんの病かはわからないが、これ以上は聞いても答えないのは短い付き合いだが把握している。
「本題だが貴様の娘を治すには高回復薬でも足りない。やはり『エルフの涙』が必要だ。あれでなければ到底完治はしないだろう。貴様に用意できるのか?」
すぐにはできなくても、
「何をしてでも用意してみせるつもりだ」
ボーセイヌと目が合う。
しばらくすると、ボーセイヌは舌打ちをすると、腕を組み、
「チッ、あぁもうー」と呟いてから、頭を抱え、ガシガシとかきむしり、
「用意してやる。貴様は励めアリフール」
ボーセイヌは徐に踵を返して、
「屋敷に戻るぞ」と歩きだした。
数日後、どこからか用意したのか、『エルフの涙』だという回復薬を持ってきて、娘に飲ませた。
そこからは劇的で、体にいつの間にか合った痣がきえ、ほとんどをベットで過ごしていた娘の顔色が健康的な色に戻り、今では、ベットから起きて、歩き回れる程度に回復していた。
ふいに様子を見に来たボーセイヌに娘が「ありがとう、お兄ちゃん」と笑顔でいうと
「あぁもうしかたないよなー」 とぼんやりと遠くをながめながら呟いていた。
「元気になって何よりだフーシャ」と頭を数回撫でると、
「帰るぞ」
「はっ」と護衛として、ついていった。
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