第7話シャリーヌ・スーシ

 魔法の実践をするために説得を続けていたが、なかなかに教えてくれなかった。

 シャリーヌは慎重な性格のようなので、オレを見極めていたのかもしれない。

 内偵だもんなぁ。



「それでは今日は初めての実践的な魔法の練習を行います」


「わかった」 「はい」ボーセイヌとアミーアが返事をする。

 かわらずに内偵を続けているが、代理領主の屋敷側に侵入することはできなかった。

 手強い護衛複数人が常に配置されており、さらにはボーセイヌの護衛のために雇われたというアリフールという元王宮騎士はかなりの強さだとわかる。ボーセイヌが外に行かない限りは周辺の警備をしており、隙がない。


「ボーセイヌ様は雷魔法の初歩、ライザーを空を指さし、唱えてみてください」

 

「ライザー」 一瞬の光とともに、空にむかって一筋の雷が飛んで霧散した。

「良いですね。ある程度飛んだところで、霧散しましたが、練度が挙がると自然にその距離を延ばすことができようになります。また、魔力を多く込め貫通力を高めることも可能です」


「ほう」説明をしながらその顔を覗けば、年相応のうれしそうな顔が浮かんでいる。

 普段は目つき鋭く、尊大な態度をとり、周りを蔑むような行動を目にしているが、こういうところは普通の子どものようだ。

「すごいですね、ボーセイヌ様」 ペットだと拾われてきた当初は、ボーセイヌにたいして、憎々しくしていたアミーアは、ほかの使用人とは違い、なぜかボーセイヌになついたようだ。


「それではアミーアには風魔法の初歩、ウインドを手のひらをあの木に向かせて唱えてください」

「ウインド」 そよ風かな?くらいに枝葉が揺れる。

「まずまずです。風魔法は応用しだいで、さまざまなことができます。わたしも聞いたのみですが、手に魔力をため、掌底とともに唱えることで相手を吹き飛ばすことも可能だそうです」


「ほう」さっき同じような声で感心したようにだし、「アミーア。貴様にちょうど合うようだな、オレのために励め」とボーセイヌが声を掛けると「はい」と笑顔で返すアミーア。


 使用人や街で聞くボーセイヌ像や、授業におけるアミーアへの言葉遣いを照らしあわせても、なぜアミーアがなついたのかがシャリーヌにはわからなかった。連れてこられた当初にくらべれば、明るくなったのは間違いないが・・・。わからない。


 その後も大きな問題はなく、授業は終了した。

 授業の終わりには、マリーエッタが「それでは休憩といたしましょう」とあらかじめ用意されていたテーブルに紅茶とクッキーを載せボーセイヌの後ろに控えた。


 そうだ。このマリーエッタのこともそうなのだ。マーメイヌ子爵にマーサとの婚約継続を条件に差し出させた娘だ。ちょうど次の授業までに数日間の空きがあり、どうにか侵入できる糸口はないかと、街で情報を収集していた時にそれを知った。

 次に家庭教師として屋敷に訪れたときに、「人として恥ずかしくないのか」と言ってやるつもりでいた。けれど、屋敷で見つけた少女の様子に暗いところはなく、むしろ生き生きとしているようにみえて、集めた情報と、少女の様子に、浮かんだ疑問を消すことができず、なにもいえなかった。


 わたしにはわからなかった。アミーアのことも、マリーエッタのことも。




 はじめのうちは、授業の終わりに他の使用人が用意をした茶菓子を、アミーアが給仕をしていた。

 ボーセイヌがふと思いついたように、

「貴様もここに座り、休憩せよ。代わりにマリーエッタを呼べ、使えるか試しだ」

 といってからは、私、ボーセイヌ、アミーア

 の三人でテーブルを囲むようになった。



「ボーセイヌ様は魔法についてどうおもわれますか?」

 ちょっとした話題のために尋ねてみた。すこし悩むそぶりを見せたあと、

「有益な力であり、危険な武力でもあるな」

 と答えた。

「使い手次第だと?」

「まあ、そうだな。ここでは聞くことはないが、ある国ではな。武力を捨てた対話こそが平和をつくるといっているのだ。シャリーヌ、どう思う?」

 と聞き返されたので、


「ありえません」


 そう、あり得るはずがないし、成り立つはずがないのだ。


 強大な武器を構えて条件を提示する相手に、丸腰でできる交渉など、ない。

 対等であるから、対話ができる。簡単な話だ。


「野盗にたいして、話し合おうはむりがあるでしょう」


 対話で解決すれば野盗に襲われて村が滅ぶことなど、起こりはしない。

「くっくっく、そうだな」どこか苦笑を浮かべるボーセイヌ。

「だからこそ魔法という力もまた必要だ」

 簡潔に述べられているが、その通りだ。魔物の襲撃で滅ぶ集落よりも、野盗の襲撃で滅ぶ集落のほうが多いともいわれいる。魔物は基本的にテリトリーからは出てこない。それこそ、追い立てられるか、食料を狩りに行くかのどちらかだ。

 それに対して、野盗は必要でなくても襲う。そこにあれば奪う。


 だが武力を持てはそれを跳ね返せる。力なきは食われるのみが現実だ。


 そう考えていると、ボーセイヌがこちらをじっとみつめていた。

 あわてて、意識をもどし、「どうされましたか」と尋ねてみたが、

「いや、なんでもない」と返してそれ以後は返答はなかった。


 力がないから奪われる。



 シャリーヌは過去を思い起こしていた。

 今でこそ、国のために内偵などをしているが、もともとは、辺境集落の孤児だ。


 幼すぎて記憶も定かではないが、いつもの日常はあっという間に崩れ去った。

 野盗の襲撃だったらしい。二十人に満たない小規模な集落に突然襲い掛かってきた野盗どもに全員が殺され、私だけが、父と母が覆いかぶさることでその存在を隠し、なんとか生き延びさせたのだ。

 みんなが屍になったなか、野盗はそこで宴会をはじめ、卑げた笑い声が響く中、息を殺して一晩を乗り切った。


 あとになって聞いた話だが、

 朝方の早い時間、野盗どもがほとんど眠りについた時間を狙って巡回任務をしていた軍騎士が突撃したそうだ。



 響く喧騒に身を固め、震えを抑えるように縮こまっているうちに喧騒は静まりかえる。

 父と母の亡骸から這い出して、外に出た。

「……こどもがいるぞーーっ」 

 姿を確認した騎士が声を上げてから近づき、

「よく生き残ったな、えらいぞ」とやさしく包み込まれた途端に、

 涙があふれ、そのあとのことは覚えていない。


 いつのまにか、王宮勤めの夫婦に引き取られていた。明るくやさしい夫婦に愛情をもって、育ててもらいながら、


「将来はなにをするべきなのか」をずっと考えていた。


 うたた寝をしてしまったとき、ふいにおもいだしたのだ。

 騎士に助け出されたあのときのことを。


 人を助ける力がほしい。ただの力だけでなく、国を変える力を。


 わたしにできることをしようとそのとき決意した。


 素養もあったおかげで、厳しい内偵の訓練を終了して、この職についた。

 優秀と名高い宰相肝いりの組織だ。


 国をよりよくするのために働けるようになったことがうれしかった。


 けれど国は想像を超えて腐っていた。内偵に赴いては暗澹たる思いを抱えた。


「私の領地は民を大事にしております」

 という領地に内偵で訪れれば、

 領主の周辺だけが豊かな生活を送り、離れるほどに怨嗟の声が渦巻いていた。


 綺麗な言葉がさえずる先に、救いはなかった。


 それでも、少しでも良くしたくて、一つ一つを終わらせた。

 つぎの内偵先は、昔から、黒いうわさが絶えないボウセイ領だ。

 ボウセイ領にも当然内偵が入っていたはずだが、姿をくらましたという。行方をくらました男の近辺では到底買えるはずのないような高価なものが見つかり、内偵は気づかれるまえにトンズラしたようだ。


 病死した領主の代理に立った男も、前領主だった息子も悪評が絶えない。

 かならず証拠を見つけて、正してみせると気を引き締めた。

 思うようにいかずに、焦燥に駆られながらも、慎重に外側から徐々に内側に内偵を進め、ついに家庭教師として屋敷に侵入できるようになったのが去年の今頃だ。


 ボーセイヌは悪評通りに、どこからか、少女を拾ってきては飼うと宣言したり、婚約者の妹を奉公人として差し出させたりと、まぎれもないクズだった。

 クズのはずだ。

 拾われたり、差し出された少女たちはなぜがボーセイヌになついている節がある。話し掛けているが、それがわからない。

 護衛であるアリフールもそうだ。着た頃よりも、穏やかな雰囲気になっている。

 彼女たちと私の違いは、接する時間だろうとは思うが、見る限り、なつかれるようなそぶりは一切ない。魔法?魔道具か?と注意深く探ってもなにもでてこなかった。

 わたしは何かを見落としているのか?


 その間にも代理の男は、すこしずつわからないように税を操作して増税をしている。

 なんとしても尻尾を掴なくてはいけない。






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