第2話潜入する。
領主が私腹を肥やし、商人が逃げ出し、民が悪党によって、苦しむ領地があるという告発を受けて、内偵は訪れていた。
ここはボウセイの街。
少し前には領主は病死している。
跡を継ぐ嫡男は、まだ幼く、成人前だ。そのため政務の代行をする代理領主として、病死した領主の父方の叔父が、実権を握った。
前領主はまともな人物ではなかった。
代理として政務を行う叔父もまた同じような人物と漏れきく。
前領主時代から内偵は送り込まれていた。
けれど領主側に買収されていたようで、無難な報告に終始して、行方をくらました。
異変に気付き、すぐに代わりを送ったが、直接的な証拠があがることはなく、手は出せなかった。
増税などはあまりに逸脱していなければ、手は出せない。さがすべき証拠は悪党を使役して行う悪事だ。
急な領主交代の綻びにつけいり、なんとか現状を打破できる証拠を挙げるべく密かに街に潜入をはたした。
この混乱に乗じたいが、どうするべきだろうか。
買収された内偵も、基本に忠実で優秀な者のはずだ。簡単に足を捉まれるような間抜けではなく、ごく自然に、街に溶け込んでいたはず。
それが、いつの間にかミイラ取りがミイラになっていたのだ。
このチャンスをいかして証拠をあげたいけれど、
わずかなミスでこちらがやられる可能性もある。
慎重に、けれど、迅速に。
その想いとは裏腹に飛び込めるような綻びは見つけられない。
聴こえるのは、増税で苦しむ街の声、さらにいずれ継ぐであろう嫡男の悪評ばかり。
苦渋な選択。機会が訪れるのをじっと待った。
2年におよび、待ち続け、ついに、チャンスが巡ってきた。
今年11歳となる嫡男の家庭教師が何らかの理由で解任されたという。
仮に、嫡男の家庭教師となれれば、ごく自然に領主屋敷に潜入でき、決定的な証拠を押さえることができるかもしれない。
ここが勝負どころだ。
この2年。いつかくるチャンスのために広げていた伝手を使い、何とか選考に潜り込むことに成功した。
教えることは、基本的な貴族のマナー全般から学問。
内偵として、どこにでも潜入することができるように、あらゆることを叩きこまれている。
最終的な可否は面談によって決まることもわかった。
面談日はいまから、1週間後。どうやら候補は私を含め3人のようだ。
この機会を活かすためには手段は選ばない。
上に情報を流して候補者2人を辞退させる。
当日面談は行われたが、わたし1人しかいないのだから、潜入は見事に成功した。
そして本日、嫡男であるボーセイヌ・ボウセイと初対面となった。
「本日よりマナーと学問を教える立場となったシャリーヌ・スーシと申します」
一言、「ボーセイヌだ」と。
まだ幼さが残る少年とは思えない程度には目つきは鋭く、狡猾な印象を与える顔立ちだ。体つきは年頃よりはすこし細い。ただ、こちらを見つめる視線のさきに、こちらをみているようので、見ていない印象を受けるのはなぜだろうか。
その後何度も家庭教師として通ううちに、噂通り。評判通りの振る舞いが目についた。そば仕えのメイドに暴言を吐き、こちらにも同じだ。
この歳でこの振る舞い。将来の禍根になる可能性は高い。
いまのうちに、証拠を挙げて、ボウセイ家をはずし、別のもの派遣させなければ、ボーセイヌが領主となった暁には、もっとひどい事態になる。
何としても、見つけなければ。
そんなボーセイヌにも婚約者はいる。
同じ子爵家の令嬢だが、天災が続きどうにもならないときに、前領主がお金を肩代わりするかわりとして、差し出させたらしい。
その恩を笠に着ては、暴言をはき、時に突き飛ばし、と横暴な行為を繰り返した。
さすがに、目の前でやられては黙っていられず、何度か諫言したが、
すすり泣く令嬢を横目に、
「貴様には関係ない。口出しするな」
一顧だにしなかった。
変わりなく続くその窮状を口惜しく感じながらも、どうにか証拠をつかめないものかと探りをいれていたが、まったくうまくいかない。
嫡男であるボーセイヌが主にいる建物と代理領主である叔父がいる建物との往来が容易にはできない造りになっていたのだ。
証拠となるような重要な資料はすべて、代理領主側の建物のどこかだろう。
入れるのは、古参の染まってしまったものと、嫡男のボーセイヌ、あとは、代理領主だけだ。
さらにはボーセイヌを護衛するために新たに雇われたアリフールも警備に加わり
任務をより困難なものにさせた。
焦りは禁物だ。それでも打開したい。
想いとは裏腹にどうすることもできずに、月日だけが過ぎていった。
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