RPGの領主の息子だ。

むくろぼーん

第一章 記憶の生えた少年はボーセイヌ・ボウセイ

第1話記憶が生えた

 おれは、いつもと変わらないくそみたいな日常を過ごしていた。

いつもと同じように、罵声をあびせた


「貴様はさっさと帰れ。我が領地が陰気臭くなる」


 それが婚約者だろうが関係ない。

 

 婚約者である少女にそう吐き捨てた少年の名はボーセイヌ・ボウセイ。ボウセイ男爵家の嫡男であり、ボウセイ領を継ぐ次期領主になる者であった。

 そして、吐き捨てられた側である少女の名はマーサ・マーメイヌ。マーメイヌ伯爵家の長女であり、ボウセイの婚約者であった。

 この二人の関係性はおおよそ婚約者と呼べるものではなく、例えるなら主人と使用人であった。

 冒頭のように、ボーセイヌのマーサにむける態度は婚約したそのときから一環して変わっておらず、マーサを蔑み、時に頬を叩き、屋敷から追い返す所業を自然に息をするように行っていた。当然のように二人の仲は推して知るところである。

 マーサはそれでも顔に張り付けた笑みをくずすことなく淑女たる振る舞いを別れの間際までみせ続けた。

「ボーセイヌ様。またお会いできる日を心待ちにしております」

 と丁寧な淑女の礼をみせる。たとえそれが、どれほど自身の胸の内と相反する感情であったとしても、だ。 なぜなら、マーサはどのような仕打ちを受けてもボーセイヌの不興を買うことだけは避けなくてはならなかったからだ。

 だからこそ、胸のうちにある心が傷つき、泣きだしそうになっても涙があふれてこないように心を閉ざしておかなくてはならない。

 しかしながらマーサの心情などボーセイヌには一切関係ない。あと、一言、二言はマーサを傷つける言葉を平然と吐くのが、この少年なのだ。


 しかし、ここで一つだけ奇妙な変化が起こる。


 それはマーサが悲壮な決意のもと顔に笑みを張り付けたままお辞儀して、頭を上げたときのことであった。


 「……?」


 そこには、上の空でただ佇むボーセイヌの姿があった。

 マーサは怪訝に思いながら声をかけた。

「あの、どうかされましたか。ボーセイヌ様?」

 しかしながら言葉は返ってこないうえに心あらずな様子のまま。マーサはなんとなく心配におもいもう一度声をかけた。

「ボーセイヌ様……あのぅ」

 マーサは「少し失礼かな」と考えながら肩に触れようと手を伸ばす。

 

 その瞬間、ボーセイヌは反応を示した。


「ん、んん……うん?」 

 

 どこだここは。目の前にいるこの娘はだれだ。おれはなにをしている。

 

 オレは視線を右へ、左へむけてから自分の体を確かめた。そして再び前を向いて目の合った娘は伸ばしていた手をあわててすこし引っ込めた。表情はおびえてように不安げなものを浮かべていた

「あ、あー……と」と記憶をさぐると少女の名前が浮かぶ。

「マーサ、か。どうかしたのか」

「え、あ。いえ。うわの空であられましたので、どうされたのかと心配になっ

て……」


 すごいな。この娘は。ぱっと思いつく限りで相当ひどい行いをしてきたオレの心配をするなど、性根が善良だのだろうな。すぐに謝りたいところだが、いまは頭の整理がついていない。この場は穏便に帰ってもらおう。


「それは心配を掛けたな。もう帰るであろう。またくるといい」

「え……。あっ、はい。それでは失礼します」

 マーサは一瞬困惑、怪訝といった表情をうかべたもののすぐに馬車に乗り込み、走り去っていった。

  馬車の屋根が街路の石畳に消えた頃。

「少し一人になる。だれも部屋にはいってくるな」

 オレは、ボウセイ家の本邸に仕える執事にそう告げると自室に戻った。


 自室の扉を開け、部屋の様子を確認してから、扉を閉める。その後、頭を整理する時間を得ようとふぅと息をついた。うん、これはあれだな、と認識して一言。


「どういうことっ!?」

 

オレは部屋に備え付けられた姿見を前にした。そこに映ったのは、まぎれもないオレこと、とあるRPGゲームの悪役令息ボーセイヌ・ボウセイであった。


「オレがボーセイヌ・ボウセイに……だめだ、意味がわからないな」


 ボーセイヌ・ボウセイは、ある異世界ファンジーRPGに出てくる悪政を敷く領主の息子として登場するキャラクターの一人だ。人物像としては、序盤から登場しては主人公に絡みにいき、ときには、武力を行使しようとして返り討ちにあう敵キャラのひとりになる。そして物語が進むと今度は領主になって現ることになるが、最後には死亡によりゲーム上から去ることになるよくあるアレだ。

 

 そうした記憶に触れてふと遠い懐かさが胸に溢れる。

 

 ゲームは前時代の端末エスパーステーション後期に発売された名作だ。当時は中学生だったから、ボーセイヌに対して、憤りを覚えて、青臭い正義感に駆られたりもした。世界がおかしくても、おれは流されずに闘うぞ。なんて夢想をしたものだ。

 けれど、現実というのはそんなに甘いものではなかった。年齢を重ねるごとに知ってしまう社会はずいぶん世知辛くて、機械的で、楽しさなんてみつけられなかったな。

 まあ、そんな暗い話はさておき、プレイヤーはボーセイヌの悪政を前にして貴族社会の汚さを学ぶことになる。ここでの説明は省くがとにかくひどい。

 だからこそ、打倒したときの爽快さに仲間内で盛り上がったものだ。

 それと話はそれるが、ボーセイヌとの戦いにおいて必ず仲間にしておいたほうがよい有名な隠しキャラが存在していた。

 名前はシャリーヌ・スーシ。戦闘から探索までを幅広くこなす知的系女性キャラで、彼女にしか見つけることのできない隠しダンジョンはあるし、そこにある強力な武器が入手できたりするので攻略方法をしったならだれもが仲間にするキャラであった。 


 俺は、それなりに規範意識を持った学生だったと思う。校則をしっかりと守り、ズルをせず、先生方の教えには素直に従い、それを忠実に守る真面目な生徒であった。それなりに友人もいたし、可もなく不可もなく過ごした。そんな俺が現実を知ったのは、学校を卒業して、就職をはたしてからであった。

 思えば、入社した会社との色合いが、俺には合ってはいなかったのであろう。その会社は、成果を最も重視する経営方針であったのだ。そうなれば、ただ真面目なだけで、成績の振るわない俺など、邪魔者同然であり、一人の人間として扱われることはなかった。もちろん、努力をしなかったわけではない。けれど、直属の上司もまたどこまでも成果至上主義の人で、経過ではなく結果だけを求めた。会社の経営方針からして、それは妥当ではあったが、同時に、真面目さこそが美徳とされた学校での経験が、何一つ活かされない世界でもあった。

 俺は意識に根付いていた真面目さによって、会社を辞めるという選択肢も取れずに通勤を繰り返していた。が、それも遂に、三十に差し掛かる頃には限界を迎えることになった。

 日常のすべてを悲観的に捉え、夢も希望もなく、ただ毎日を怒鳴られながも適当に頭を下げてやり過ごすという生活に……。


 ……記憶はそこで途絶えていた。


 どうやら、元のおれという存在に、俺という記憶が混ざり込み、オレという存在が生まれてしまったようだ。すでにおれであった記憶は、俺の記憶と同化してしまい違和感はなくなっていた。

 正直、どうなったかはよくわからない。

そのオレには、生えた記憶から、これからの展開が浮かんでいて、さらには、記憶の同化によって、これまでの思考や感情すらも新たに生えたようで、いまのボーセイヌを1歩引いた視点で見れるようになっていた。


 そうして、改めて、姿見に映るオレをみる。

 

まぎれもなくボーセイヌ・ボウセイだ。ゲームにおける戦闘中の必殺技のカットシーンや秘奥義の時に移るアニメーション画面の顔が幼くなった、そんな感じだ。ともすれば混乱しそうなものだが、突然に生えた記憶はすでに同化しており、もはや別のなにかには思えない。この幼い容姿から推測すると、あのRPGのスタート前なのだろう。

 ゲームでは、十三歳から貴族学園に入ることになる。そこで、三年間貴族としての矜持を学び、最終的には領主になる設定だったはずだ。


 今は十一才か。そうなると、二年後には入学になる。

 二年か…長いと思うべきか、短いと思うべきか。


 先のことは重要だが、それよりも今の立場をもう一度確認したほうがいいだろう。まずは足元からだ。


 ボーセイヌというキャラクターは、序盤から終盤まで登場する。

そして、各々を省略して要約すると、打倒されると死ぬ。主人公はボーセイヌを倒すと「あなたは王国の裁きをうけるべだ」とのセリフ残して、とどめは刺さずに、その場を去っていく。

「くくくっ、どこまでもあまちゃんなやつめ、見ていろ。必ず、かならずだ。復讐してやる」とボーセイヌは壁に寄りかかりながらセリフを吐き、部屋の奥にある隠し通路で逃亡しようとしている最中に、恨みをもった男に刺されて死ぬことになる。

セリフは「ここにいたのかっ、マリーの仇!!」であった。

マリーってだれ!?とはおもったけど、悪政を引く領主からすれば、どこでその犠牲にあった人がいてもおかしくはない。

「グぁぅっ、う、う、そ、う、か」でオレ氏はあの世へ。

とどめを刺した男もまた「その後、男の姿を見たものはいなかった」で終わる。


 うん、この未来は避けたい。なにが悲しくてわかっている、悲観的な未来を歩かなければならないのか。できるかぎり、良い未来にたどり着きたいと考えるのは当然だろう。しかしながら、ここでマイナスな情報が……。

 すでに、悪政は敷かれている!レールはばっちりだ!!あとは時間になったら乗るだけ!!!そんな状態なのだ。

 ここで、まずボーセイヌの現状を語ろう。彼の実の父母は、すでに死去しているのだが、記憶が生えたオレに哀しさなどはまったくない。なぜなら、記憶の限り碌な親でも、人材でもなかったからだ。また、現在、代理領主という立場でボーセイヌ領を治めているのは叔父であるのだが、この男の性格も実の親と似たり寄ったりであり、治世とは程遠いのだが、やっかいなことにこの男は、父よりも頭がキレ、物事の勘所を押さえることのできる人物であった。

 この国の制度上、直系のオレがいなくなると、ここの領主は、中央から新たに派遣された者に変更となるため、オレが生存していないと、とても困ることになる。そのため、現状は身の安全に心配ない。むしろ、積極的に守ろうと腕利きの護衛を雇ったくらいだ。そこまでは、良い。

 だが、オレが十五を迎えれば、叔父は代理領主の立場から領地を持たないただの親戚になり下がることになる。そうなれば、ここでの甘い汁はもう啜ることはできない。ならばどうするのか。

 答えは簡単で、オレを取り込んで傀儡政治をする。そこで問題となるのが、その方法になる。この世界は、魔法が存在していて、魔法の籠った一品も存在している。例えば、暗闇を照らすマジックランタンなどは、この世界の必需品の最たるものである。これは、魔石に光を発する魔法を封じたものを光源としており、少ない魔力で灯りを点せる品物である。さきのマジックランタン然り、生活に役立つ魔法の籠った商品もあれば、当然、その逆も存在する。

 そう、魔法の有用性に善悪は関係ない。

その最たるものが『マインドマイン』という相手を操る魔法の存在だ。これは、ゲーム的いえば、洗脳系の魔法の一種で、相手を混乱させて、一定ターン数操る類の魔法になる。相手を意識を混濁させて操る。ゲーム的なら、そういうものだなと思考を切り捨てても問題はないけれど、それが、現実にあるとすれば、到底看過できる魔法でない。ない、のだが、おれという記憶に、その魔法の存在はなかった。

 オレは、これをどう考えるべきなのか。単におれが知らなかったのか、または、存在しないのか、或いは、危険な魔法として、その存在自体が秘匿管理されているのか。

その答えはでないけれど、この世界のもあることを前提に考えておくべきだろう。なぜなら、これが相手に気付かせない形で行われ、思考誘導などに使われているとしたら、これほど恐ろしいことはないからだ。

 もうオレは、オレという在り方を失いたくはない。

そのために、なにか自衛する手段を早めに用意しなければ………。と、ゲームの知識から引っ張りだそうとして、オレは気付くことになった。

 ……この世界は、死んだら生き返るような世界ではない、と。

ゲームなら全滅してもセーブポイントに戻るだけだったのだが、そんな都合のいいものはあるはずもなく、死んだなら、腐る前に埋葬されておしまいだ。

 こうなると、オレがすべきことが三つあることが分かる。

まず一つがオレという存在を守るために、魔法的な自衛手段の獲得。次に、将来的に自領を中心に起こるであろう暴動の阻止。そして、ゲーム主人公との対決の回避である。

 この世界にシナリオ強制力なるものがあるのか定かではないが、知識として有してる情報に備えるのは必要な措置だろう。けれど、現状として洗脳からの魔法的な自衛手段は思い当る節がない。自領については、父、叔父による悪政が変わることなく続けば、そのヘイトは、のちのちの領主になるオレに降りかかるのは明白だ。ここは、できるならば改善をしていきたい所ではあるが、急な行動は悪手に思えた。 

 彼らにとって領民は、搾取されることが前提の存在なのだ。足りないものは、搾りとり、それでも足りないときは、引きちぎってでも搾ればいいとごく当たり前に考えている。

 それゆえに、オレは安易に領民の味方をするようなことを口にすることは難しかった。彼らにとって、オレという存在は、バカでクズで頭も程よく悪く、担ぎやすい神輿であるとすでに認識されている。その担ぎやすい神輿が、突然、至極まともなことを言い出したら、誰であっても訝しい思いを持つのは、火を見るよりも明らかである。そうなったオレを、彼らは自由にさせることはないだろう。不和の芽になり得る跡取りには、厳しい躾けが待っているはずだ。つまりは、今の自由は、これまでのおれの行動原理によって与えられていたものに過ぎないと、今のオレには、はっきりと判断がついていた。だから、そんなのはごめんだし、平穏かつ、内密に、行動を起こさなくてはならない。妙に勘のいい叔父に悟らせる行動をするわけにはいかない。

 さらに追加で、最悪を仮定するならば、ペンダント型の魔法アイテム『ヤミンダト』だ。

 ヤミンダトは、装着者の人格を強制的に狂わせ凶化させる作用がある。とゲーム上では説明されていて、入手方法としては、ゲームストーリー終盤にどこぞの魔女から、それを求める依頼が発注され、それを受注してクリアすることで入手可能で、魔女に渡すと『魔女の秘薬』が完了報酬として受け取れる。これはステータス値を大幅に伸ばすことのできるアイテムで、他にも『魔女の杖』や『魔女のローブ』、『魔女の靴』の魔女シリーズがあり、その都度、依頼を達成すると揃えることができて、すべてを揃えると『魔女っ娘』の称号と衣装の変化が可能になるシリーズ装備だ。

 ネタ装備ではなく、どれも強力な装備であり、称号は格別の効果を発揮するから、もちろん、おれも揃えた。その過程でわかったのだが、『ヤミンダト』はこの領地にあった。もっというと、暴動後のぼろぼろになった領主屋敷の隠し部屋の中にあった。

 そして、魔女からの依頼は、ボーセイヌを打倒してから、最終局面までの間に発生する。

 焼け落ち、朽ち果てた元領主屋敷を丹念に捜索して初めて発見できる。それも、シャリーヌがいなければ、最後の扉を開くことができないというおまけつき。

 それが今、ここにあるのか。これから、ここに持ち込まれるのか。どちらかもわからない。迂闊な行動は精神の破滅に繋がりかねないということだ。


 オレは、オレでありたいし、死にたくもない……


 命と精神を守るために、これからどう過ごすべきなのかを慎重に判断して行動に移さなければならない。取れる手段は多くはないが、自身を鍛えるは必須だろう。それもできる限り隠してだ。優秀さは必要ない。甘い正義感もいらない。

 表では、バカでクズな振る舞いをして心を隠し、裏では、己を鍛えて機会を探る。これが最適解なはずだ。けれど、ここにきて、オレとなったことが仇となる部分があった。

 俺はクズが心底嫌いであった。自分のためなら平気で相手を傷つけて、嗤い、蔑む、そんな存在を。それを、オレは自然と行わなくてはならないのだ。想像するだけで、正直キツイ。


 できるわけがない、やりたくもない。

 けれど、

 命や精神との天秤の前ではどうだ。


 他人のために、自我を掛けるなんて、馬鹿らしいのではないか。

 他人のために、死ぬなんて、愚かなことではないのか。


 だから、できる限りだ。そう、できる限りでいいんだ。クズらしく振舞って、それらしくバカに生きれば。


「………いいんだ」 

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