第40話 ……
先輩の机には原稿用紙が何十枚も積み重ねられていたが、どれだけ確認しても全ての原稿用紙が白紙だった。
あれだけ時間をかけていたにも関わらず全て白紙なのは何かがおかしい。そう勘ぐっていた時だった、一番下で下敷きになっていた一枚の原稿用紙にだけ小さく薄い文字で執筆されていた。
そこには、『どんかんすぎだよ』と書かれていた。
何となく分かった。あぁ、分かった。トイレに行くという名目で出てった隙に俺の欲を利用して文字で告白しようという魂胆か。やられた。賢いといえば賢いが。
「やられましたよ、先輩」
……
あれ、うそ。いない。
待てよ、いつ俺はこのメッセージが俺に向けたものだと錯覚していたんだ……?まずい。ナルシスト化が深刻化している!?
よし、見ていないことにしよう。うん、そうしよう。
しかし、活動終了時刻が六時だというのに時計の長針は三を指していた。デリカシーに欠けているかもしれないが、いくらなんでも遅すぎやしないか?
すると隣の準備室件書庫から大きな物音が聞こえた。俺は部室から繋がる準備室の扉を開ける。
「先輩?」
暗くてあまり見えなかったが、人がいるというのは分かった。暗闇に目が慣れ始めてきた頃、俺の目には絶対に忘れることのない衝撃の情景が映りこんだ。
はっきりとは確認できなかったが、先輩が膝をつき腕を後ろで縛られた状態で、包丁を首に当てられていた。先輩が人質にされていた。
「先輩!?……って何やってるんですかー。いくらストーリーをリアルに描写するためだからってやりすぎですよ。俺じゃなかったら失神してますよ?」
しかし、先輩の表情は一切変化しなかった。それどころか『何を言ってるの!?お願い!助けて!』と必死に目で訴えているように見えた。これは演技でも演出でもない、紛れないリアルだった。
先輩は恐怖のあまり声を出せなくなっていた。体は尋常ではないほど震えている。包丁を首に突きつける犯人は覆面を被っていた。
俺は両手を挙げ抗う意を否定し、冷静に対応をした。
「分かりました。何が目的ですか」
俺は犯人が何の目的で学生を襲うのかを問いてみることにした。
「……」
しかし、犯人は無言のまま返答をしなかった。無抵抗にも関わらず犯人はさらに先輩の首に刃を近づける。
「お願いします。少しでいいのでその包丁を下ろしてくれませんか」
すると何故かまた刃を近づける。先輩の呼吸が準備室一体に広がるほど過呼吸になっていた。
ダメだ。これじゃあ何を言っても埒が明かない。コイツが先輩を殺す気でいるのか脅しているだけなのかも分からなかった。すぐに先生を呼びに行きたい所だが、もし本気で殺そうと考えている犯人ならば、確実に先輩は殺される。考えろ、考えろ!
すると、先輩が目をかっぴらいて震えしゃがれた吐息混ざりの小さな声でボソッと呟く。
「お願い、逃げて……」
そんなことできるわけないだろ!演出の世界へやってきて、先輩はいつも俺を可愛がってくれた。原稿に熱中する姿は誰よりも真っ直ぐで、可愛らしい外見とは反して内面はカッコイイ先輩だった。
すると犯人はまたしても刃を近づける。刃は既に首の皮膚に突き刺さり、微量の血が首から肩へとかけて流れていた。
まって!どうして!無差別殺人か!?いや、そんなことを言っている場合じゃ……。
「一舞逃げて!!」
「……っ!声を出しちゃダメだっ!」
しかし、既に遅かった。犯人は首の皮膚に当てられていた刃を思い切り上に振り上げる。
先輩の悲鳴が準備室一体に響き渡る中、その包丁が振り下ろされる。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」
どうせ君も優しいだけなんでしょ? @minazu
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