第37話 【第2章】もずく

 俺は泣き震えた指で動画をクリックする。

 そこには綺麗な湖と山の背景に包まれながらキスをする二人の映像が残されていた。

 恐らく、写真だと勘違いをしてシャッターを切ったのだろうが、そういう少し抜けている所も、俺の顔にキスしようと必死に体を、首を伸ばすその姿に微笑ましく笑ってしまった。


 たった五秒間の思い出だったとはいえ、二人の思い出が形として残っていることに安堵した。

 あの時は頭が真っ白で気付かなかったが、動画の終盤。確かに、いや、気のせいか。


 【──第2章──】


 沢山の友達や親戚に囲まれながら、皆正装の服装でキめている。そんな俺もスーツにネクタイ、いっちょ前にブライダルシューズなんて履いちゃったりして、俺らしくないその服装に自分でも引いてしまう。どこか眩しいと思えばスポットライトが俺を照らしていた。どうやら俺が主役のようなのだが。しかし、皆の視線は俺の真正面にある大きな扉へと集まっていた。俺もその扉を見つめる。


 ドンドンドンドンドン!!!!


「起きろボケェ!!!」


 眩しい太陽に照らされながら俺は飛び起きる。


「っ!!!」

「ちょっと、聞いてるの!?今日学校でしょ!?」

「あ、んー……分かってる」


 夢か……。この俺が、めでたく結婚をするとかいう夢だったはずなんだが、なんて間の悪い夢なんだ。

 あまりの心地良さに現を抜かしていた。ウェディングドレスを纏った美しいお嫁さんが入場してくるかと思えば、式場の扉をゴリラの如くバンバン叩いて、そんでもって扉を破壊したかと思えば悪役登場みたいな、ドライアイスプシューみたいな、その鬼形相のままドスの効いた声で「起きろボケェ!!!」とか言われて、そんなんいくら夢の中でくらい夢が見たいって言ったって現実逃避ならぬ夢逃避したくなってしまう。


 天候は文句の一つもつけ所のない晴天。

 夢の中で眩しいと感じたスポットライトはどうやら朝日だったらしい。気持ちがいい朝だったはずの朝は悪夢で起床を迎えたということでプラマイゼロ。俺はパソコンを開いたまま寝落ちしていた。


「はい、早く食べちゃいな」

「またもずく……。もずく必要なの母さんだけじゃん」


 そう一言ボソッと零しながら、音を立てながら味噌汁を啜る。


「それは、母さんがデブやと言いたいんか……?」

「ま、そゆこと?」

「もっと感謝しいや、あんたを健康に産んであげたんは……」


 あー、始まった。毎度同じ話をされすぎて、『もっと感謝し』くらいで脳死する。ただでさえ寝起きで脳死してるってのに、どんだけその話引きずってんだよってくらい聞かされる。

 一言で言うと、校長の朝礼を録音したテープを二倍速で何度も繰り返しリピート再生されるような感じだ。それくらいにはウザったい。

 しかし、無口でツッコミ所のない母親よりかは、これだけ明るくてツッコミ所満載の母親の方が毎日が飽きなくていいのかもしれない。


「今日部活?」

「うん、いつもよりはちょっと遅いかも」


 そう一言だけ言って俺は家を出た。


 それ以降は何ら普通の高校生と変わらない時を送った。

 朝は教室でたわいない話をして、授業中はうとうとしていた所を、数学のハゲのおっさんに頭をひっぱたかれて笑われて。

 昼は友達と購買でパンを買い、パシリじゃんけんをし、教室でいつも通り昼食を済ませる。

 午後の授業は隣の席のやつとバカな話をし、日本史のハゲのおっさんに後頭部をひっぱたかれ、一緒に喋っていた友達には何も言わない先生に対して「なんで俺だけー」と言ったら二度ひっぱたかれた。

 放課後は友達と他クラスの女の子を混じえてあんなことやこんなことの話をして盛り上がった。

 そして部活の時間がやってくる。部活はテニス部だ。自分で言うのはあまりにも痛いが、高身長ハイスペックな俺はマネージャーから歓声を浴びせられながら汗を流し一日が終わる。

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