第32話 手のひら返し
「……焦ってる?」
「……そうですよ。このまま恋ができないって証明されてしまいそうな気がして」
「なに、そんなこと!?」
「そんなことって!」
「いや、そんなことだろ。逆に今までの流れで俺の事好きになるならそれこそ恋に向いてない」
俺は呆れた口調でそう呟く。俺はてっきり素の俺に対して不満でも持っているのだとばかり思っていた。だから俺はそんななごみの事を一度突き放そうとした。しかし、なごみは俺を突き放すどころか、未だに俺を信じて希望を見出そうとしがみついていた。手のひら返しだというのは重々承知の上で……
「はぁ、分かったよ。俺が責任持ってお前の言う恋の痛み?ってやつを教えてやるから安心しろ!恋は痛くなんかない、恋は輝くものだ」
「何ですか、気持ちが悪いですね。言ってて恥ずかしくないんですか?」
「今だよ!そこで建前をつかうんだよ!」
「あ!えっと、気持ちが悪いの反対だから……気持ちがいいですね?」
「本気で言ってんの?気持ちいい要素どこにあったんだよ」
お互い言いたいことを言い合ったせいか心做しか穏やかな雰囲気に戻っていた。
異性に限らず人間間に置いてはお互いの気持ちが上手く擦れない時が多々あるらしい。そういう時は顔を伺いながら建前を使い慎重に擦り合わせるよりも、こういう時こそ普段言えないような思いを火花が散るくらいに豪快に力技で擦りつけるのが鉄則なのかもしれない。
ただし、これは俺となごみだからこそ成り立つ持論でしかない訳で、実際やったら「あ、そう。キモッ」の一言であっさり玉砕というのは免れないかも……。
その後は特に喧嘩することも無く今まで通り、ただただ楽しい時間を二人で過ごした。
エピソードを語るならいくらでも出てくる。
食べたいと駄々を捏ねていた五平餅も幸せそうな顔で頬張っていた。俺がひと口だけ欲しいと言うも自分の分は自分で買ってこいと言われたが、何だかんだで分けてくれた。
なごみが足湯に浸ろうという時に服を脱ぎ出した時。あれは本当に驚いた。
他にも、俺がある特定のお土産を見て美味しいそうだと言った時になごみが絶対に美味しくない!という失礼極まりない意見を言い出し、失礼極まりない口論を二人して店内で熱く語っていたら定員さんにこっぴどく怒られて店内からつまみ出された時は反省しつつも不意な笑いが込み上げ、二人で腹が捩れるくらいまで笑った。
楽しそうに笑うなごみも膨れるなごみも恥ずかしそうに照れるなごみも、なごみというなごみは全て写真に収めた。
楽しい時間というものはあっという間で、気付けば旅は終盤に差し掛かっていた。
帰りの駅のホームで楽しそうに思い出を振り返るなごみを見て、俺はまるで遠い昔の出来事を懐かしむかのようにはにかんでいた。
やはり女の子の体力には如何程かと驚かされる。あれだけはしゃいで新鮮な体験ばかりだったにも関わらず彼女の顔からは疲労の「ひ」の字も感じられなかった。
「先輩はどこが一番楽しかったですか?私はやっぱり五平餅もちですかねー!」
「喜んで貰えたようで何より」
なごみの楽しかった思い出が俺との思い出じゃなかったからって、べ、別にショック受けてるとかじゃないんだからね!え、なんだって?俺のツンデレはマジで需要がない?……うむ。
「やっぱり俺は……楽しかったな」
「どこですか?」
「俺はなごみがいたから楽しかったよ」
「話聞いてましたか?誰じゃなくて場所です。whoではなくwhereです」
いや、まあ確かにそうなんだけどさそんな真顔で言わなくても良くない?って思うの。
でも、これって言われたらキュンとするランキングにランクインとかしてそうじゃん?『君がいたから楽しかったんだよ。僕は君でないと満たされないんだぁー』的な?まあ、どうでも良い奴から言われたら虫唾が走るランキング堂々たる一位かもしれないけれども。
以前、無駄にキザを貫く友達が『うるせぇ、こっちはおめぇーがいるだけで息臭すぎて呼吸すんのにも一苦労なんだよ』と言われたと言っていた。……うーん、
「俺の口……臭いかな?」
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