第31話 嫌だねぇぇー!バァァーカ!

 沙那さん一家と別れてからバス停に辿り着くまでの道のりに会話は一つもなかった。

 デート最終日だというにも関わらず彼氏らしい振る舞いは何一つできていない。このままでは恋がどうこう言う前に仲違いしたままデートが終わってしまうかもしれない。


 自分の悪いところは全て謝ったつもりだ。これ以上俺に非はないと勝手に決めつけていた。だからこそ、なごみが何に不満を持っていて不貞腐れているのかが分からないままでいた。

 昨日はあんな恥ずかしい事を口走ってしまったが、なごみには響いていない。正直言ってしまえば、例えなごみに恋ができたところで俺には無関係な話であって、当の本人も自分が恋に向いてない事など一番に理解しているはずだ。


 そうだ。彼女には『痛み』がない。


 ならば、もう放棄してしまっても「また次の機会に頑張ろう」の一言で済ませてしまえばいいのではないかと思ってしまっている自分がいた。


 だって彼女には『痛み』がないのだから。『痛み』がないのなら『辛く』もないだろう。


 何より、いつまでも不貞腐れた態度でスマホばかりいじっているなごみに腹を立てていた。


「先輩はズルいですよ」


 今まで口を閉ざしていたなごみが、バス停でスマホをいじりながら急に話しかけてくる。

 俺もなごみと同様に不貞腐れた口調で返した。


「なんだよ急に」

「自分ばかり謝って正義面して、まるで私が悪者みたいなんですけど。嫌がらせですか?」

「あのさ、だいたいそんなこと言う前に謝ることできただろ。自分を持ち上げるわけじゃないけどさ、俺はちゃんとお前に謝った。お互い悪くてお互い悪くないんだし、楽しみたい気持ちは変わんないんだから──」

「──だからそれがズルいって言ってるんですよ!何で分からないかな!?そういう風にいい人ぶって、そんなんじゃ楽しむものも楽しめないじゃないですか!」

「何言ってんのお前。じゃあ、今までの少しでも楽しそうに見えてたのは全部演技だったのかよ!親しき仲にも礼儀ありって言葉も知らないのか!楽しむ楽しむって、俺がいちいちあれが嫌だこれが嫌だって言ってたらそれこそ楽しめなくなるに決まってんだろ!」

「私先輩みたいに心狭くないんで楽しめますけどね!」

「じゃあ言わせてもらうけど、人の話は聞かないし、人のいる場所で周りの目気にしないで騒ぐし、真冬だってのに着物に着替えさせられて超寒いし、俺がいい人ぶってるとか意味分かんないこと言うし、だいたい我儘なんだよお前は!お前がもっといい人ぶれ!」

「嫌だねぇぇー!バァァーカ!」

「てっめぇ……」


 苛立ちを抑えきれなかった俺は荷物の入った袋を力いっぱいに握りしめる。


「あーあ、本性表しちゃいましたね!所詮は女の子に手を上げるようなダメ男だったってことですね!そんなんでよく彼氏ヅラなんてできましたね!その無駄に溢れる自信はどっから湧いてくるんでしょうね!ほんっと感心しちゃうなー!」


 正直殴りたいぐらいに苛立っていた。これがもし女の子でなかったら手が出ていたかもしれない。俺はその苛立ちを深呼吸をして押さえ込んだ。


「はぁ、これで分かっただろ。俺はいい人ぶってるだけでお前が思うようないい奴じゃないんだよ。正直いい人ぶってる自覚なんて一ミリもなかったし、だいたい自分でも遅刻やら逆ギレしておいてどの立場で物言ってんだって思ってたし、でもマジで仲直りしたいんだからしょうがないじゃないかよ」

「またいい人」

「いつまで言ってんだよお前。いい加減にしろよ!結局お前は人を信じれないだけだろうが!」

「そうですよ!綺麗事言う人が一番嫌いです。私だって綺麗事言えるなら言いたいのに、涼しい顔して建前を使う人が大嫌いですよ!」

「は?お前も建前だか綺麗事だか使えばいいじゃんかよ。ただ嘘つけばいいだけのことなんだから」

「じゃあ、……先輩のことが好きです」

「ああ、そうだよ。……あぁ!?」

「なんですか、建前ですけど」

「あのな、建前ってのはそういう時に使うものじゃなくて……」


 ふと彼女の顔を伺うと怒りとは別の感情が伝わってきた。苦しみでも悲しみでもない別の感情。


「お前、なんかさ……」


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