第30話 お世話になりました
店奥の暖簾を潜り、その先にある狭く急な階段を登ると小さな和室が広がっていた。
大きなちゃぶ台には何とも朝ごはんらしい白米、味噌汁、目玉焼き、が四卓分並べられていた。そこには既に沙那さんとなごみも座っていた。
「お、おはよう……なごみ」
プイッとそっぽを向くなごみ。やっぱり怒ってるじゃないですかー!と言わんばかりに沙那さんの方を見るが、何故か沙那さんまでプイッとそっぽを向いてしまう。
「あんたまさか、うちの大事な娘に手出したんじゃないでしょうね!?」
「出してないです!出すわけないじゃないですか!」
「それはそれでムカつくな。なんで出さないの!?」
「あー、もう!出していいんですね!出すとこまで出しちゃいますよ!?」
そんな下品で醜い争いを沙那さんとなごみがいる前で話している。
それからも二人とは特に話すことも無く、家庭の味を、最大限に圧縮された美味しすぎる食材達を、黙々と口の中へと放り込む。
居間の空気感は氷河期を思わせたが、口の中はほっとする味で広がっていた。他所様の家庭の味とは言えどもやはり安心するものだなと、一人体をぽてぽてとさせながら中々に優雅な時間を過ごしていた。
各々食べ終わった人から食器を洗面台に運ぶ。俺の隣には沙那さんが座っていたが先程まで機嫌を損ねていたにも関わらずチラチラとこちらの様子を伺ってくる。
「あの、どうしたんですか?」
すると味噌汁に入っていたなめこを俺の空になった容器の中に素早く、何事も無かったかのように移し替える。それも母親にバレないように顔を伺いながら。
「なめこ……。嫌いなんですか?」
そう俺が言うとおばちゃんがギラついた目で沙那さんのことを睨みつける。
「食べなよ。こういう時じゃないと食べないでしょあんた」
「そんなの分かってるよー」
すると今度は沙那さんがギラついた目で俺のことを睨みつけてきた。加えて腕を抓ってくる。色々察した俺はおばちゃんに聞こえないように小声で言う。
「分かった、食べる、食べるから抓るのやはめてください」
「もしバレたら昨日の夜の事バラすから」
「是非食べさせて頂きたい」
器の中に入ったなめこの山を口の中に流し込む。甘くて美味しい『きのこの山』はコロコロしていて可愛らしいが、現実の『きのこの山』はヌメヌメで中々にグロテスクだった。もちろん、約束通り昨晩のことをバラされることは無くハラハラドキドキの朝食は終えた。
流石にこれ以上居候するわけにもいかないので、食器の片付け等を終わらせたあとで荷物をまとめて帰る身支度を済ませる。
「大変お世話になりました」
なごみも俺と同時にゆっくりと頭を下げる。なめこの件がよほど嬉しかったのか、それとも俺がいなくなるのが嬉しいのか分からないが、玄関での沙那さんは普段の明るい沙那さんに戻っていた。
「もう、仲直りしたの?」
「えっとー……なごみさん?」
そう言いながら恐る恐るなごみの方を向くとなごみもつぶらな瞳でこちらを凝視してきた。
あれ?もしかして、怒ってない?
和解しているのかを確かめるためにちょっとした会釈をしてみる。しかし、やはり膨れてそっぽを向いてしまった。
「だめみたいです」
「だめみたいですじゃ──」
「──お母さん、これは二人の問題だから」
沙那さんは俺ら二人の心情を知っているかのような口振りだった。「私達が手助けしなくても二人は上手く仲直りしてくれるよ」とそう言っているようにも聞こえた。
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