第29話 『いじめっ子』と『いじめられっ子』
嘘か誠かも分からない、こんな話を聞いたことがある。
──その子はある特定のいじめっ子に虐められていた。
そのいじめっ子は特別体格が大きいわけでも態度が大きいわけでもないが、面ではとことん良い顔をするような奴だった。
その虐めは日に日にエスカレートする一方で苦痛に耐えきれなくなっていたその子は、いじめっ子の弱みを握ろうと四六時中彼をつけて回ったという。
弱みはなかなか握ることができなかった。遠目から見ている限りは笑顔を振りまく爽やかな青年でしかなかった。ムカつく。早く死ねばいいのに。その思いは一向に沈むことなく、気付けばいじめっ子の自宅までつけていた。
しかし、結局決定的な弱みは一つも掴むことはできなかった。いつまでもしつこくつけて回る自分の事が醜く感じたその子は、おめおめと帰宅に差し掛かった。
その時だった。
「なんで帰ってきたの!?どっかで死ねって言ったよね!」
母親だろうか、女性のがなり声が聞こえてきた。その子は予想し得なかった出来事に目が離せなくなっていた。いじめっ子は何度も何度も怒鳴られては、しつこくベルを鳴らし、インターホン越しに母親と会話をしていた。
いや、あれは会話なんて生易しいものではなかった。母親からの一方的な罵声を浴びせさせられていただけだった。
「あ゛あ゛ぁぁぁ!!死ね死ね死ね死ね!!帰ってこないでよ!誰でもいいからコイツを殺して!」
母親の断末魔のような泣き叫ぶ声が家の中から漏れていた。
しかし、その子が衝撃を受けたのは母親の狂乱っぷりだけではなかった。
「なんで……?俺は死ねないよ。母さんが早く死ねばいいじゃん」
いじめっ子が放った一言だった。そうボソッとインターホン越しに無機質に語りかけると家の扉がゆっくりと開く。その扉からは母親と思われる髪も服装も滅茶苦茶に掻き乱されたおばさんが出てきた。すると鋭い死んだ目付きでいじめっ子の髪の毛を思い切り引っ張るやいなや、家の中へと引きずり込んでいった。
「母さんが死ねばいい」だなんて冗談でも言えない。そういう母親を持たないことには何とも言えないが、いじめっ子は母を逆上させることでしか扉を開けて貰えないと知ってのあの発言だったのかもしれない。
いじめっ子が引きずり込まれていく光景を立ちすくみながら凝視していると、ほんの一瞬いじめっ子と目が合った。
その日以来、そのいじめっ子は学校に来なくなった──
同情はどちらに傾いているだろうか。
俺、一舞がこの話を聞いた時、正直言うと『その子』という子がいじめられていたという事実を忘れるくらいに『いじめっ子』の方に強く同情してしまっていた。
この時俺が同情してしまったのには恐らくこの物語の展開の仕方に問題があったのではないかと思った。
この物語は七割方がいじめっ子について詳しくかつドラマチックに描写されていた。加えていじめっ子の肩を持つような、あからさまに同情を煽るような構成になっていた。
対していじめられていた『その子』の話はというと、殆どされていない割には詳細も薄い。また、後半に要の内容を持ってくることによってその重大さはより際立って感じてしまう。結果脳裏に焼き付きやすくなってしまう。
話初めはどちらかが一方的に悪いと結論づけられていたものが、実はどちらも大して悪くないのではないか、仕方のないことなのではないかと錯覚を起こしてしまった。しかし、実際問題その子がどんな酷く、えげつないいじめを受けていたのかは分からない。事実悪事を働いているのはいじめっ子の方であり、たとえその子と同じ苦しみを味わっていたとしても、度合いがどうであろうとも、いじめっ子が悪事を働いている事実は変わらない。
淡々とつまらない話をしてしまったが、この件が沙那さんの話にも当てはまると思うのだ。
俺はギャルが嫌いだ。その事実が変わることは無い。だからぶっちゃけ沙那さんのことも好きではなかった。しかし、沙那さんがギャルになってしまった理由が不幸なものによるものなら仕方ないのではないかと思ってしまう。
皆最終的には『根はいい子なんだ』と結論づけて話を括るが、所詮人に限らず動物は皆最初は『いい子』と言うよりかは『害のない子』なのだから、それを環境が、人が良くも悪くも上手い具合に蝕んでしまう。
ただし、蝕まれない人間などいないわけで、蝕まれた状態がより人間味に深い味わいを出すのであり、ただ俺という人間は沙那さんが嫌いだったというだけである。
つまり俺は、過去がどうであろうと今この現状で沙那さんが俺の嫌いなギャルであるという事実しか受け入れない。
「そこのデカいの、朝ご飯は食べてかないの?」
実の娘が色々言われているとも知らずに優しく話しかけてくる。
「朝ごはん頂けるんですか!?」
「男が化けるのは夜だけだからね」
「あの、どういう意味ですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます