第23話 俺は悪くない

 ちぎれた草履は俺の右手が握りしめていた。「ガキかよ」って言ったか?怖すぎるだろ。

 何でこうなったかな、俺が悪かったのだろうか。

 もちろん俺が百悪いに決まっている。認めたくなかった俺は心の中で言い訳を作り出していた。


 まあ確かにさ、俺の変なプライドでさ、なごみが言うようにさ、ガキみたいなしょうもないプライドだったかもしれないけどさ、でもさ、プライドの基準なんて人それぞれだしさ、男の俺が恥かく気持ちも汲まずにさ、強引に男の役目を奪おうとするからいけないんだ!

 俺は悪くない!あぁ、悪くない。悪く……わる……。


 いつまでも自分を正当化したがる女々しい男ったらありゃしない。あと、一々文末に付ける「〜さ」ってやつ。流行ってんのそれ。友達いなくなるからやめた方がいい。


「はぁ……」


 深くため息をついたあと草履を地面に置く。

 ここで二度もすれ違う組をざっと50組ぐらい見ただろうか。流石に何時間もここで座っている訳にはいかない。取り敢えず着物を返しに行くことにした。

 精神的に重くダルく感じる腰をゆっくりとあげる。忘れ物がないかと後ろを振り返ると先程のハンカチと五円玉が俺の隣に置かれていた。

 気を使って……?いや、忘れていっただけか。俺はハンカチと五円玉を握りしめて来た道を辿る。


「すみませーん。着物ありがとうございましたー」

「ちょっとまって下さ……あぁー!」


 着付けを手伝ってくれたおばちゃんが慌てふためいた声ととんでもない目力で近寄ってくる。


「あの、前坪が切れて──」


 ──パァァァァァン!!


 何が起きたのだろう。一瞬の出来事に驚く隙すら無く、今この場所で何が起きたのかが理解できなかった。理解できたことといえば真正面を向いていたはずの視線がいつの間にか左を向いていたことぐらいだ。


「あんた、彼女放ったらかして何やってんだ!」


 その怒鳴り声は右耳からよく入り込んできた。加えてジワジワと右頬がヒリヒリと痛んでくる感覚がした。やっと俺は理解した。ビンタをされたんだと。


 いやいやいや、理解しないでしょ。何で着物返しにきたらハッピーセットみたいにビンタも付いてくるのさ。普通にクレームものだからね!


「帰ってくるお客さんは皆笑顔で返しに来るのに、あんな酷い顔で返しに来たお客さんは初めてだよ!」


 なごみの話をしているのだろうか。


「もしかして……泣いて──」

「──怒ってたんだよ!」


 あ、そうですか。そうですよね。

 そして、やっぱりなんで俺ビンタされてんの?彼女を放ったらかしたってなんで知ってるんだ?しかも意図的に放ったらかした訳じゃないし、あれはなごみが勝手に先に帰っただけであって。


「そうですか」

「そうですかじゃないでしょうが!おい、デカいの!そこ座れ」


 なんかすごい扱いが雑なような気がしなくもないんですけど気のせいだろうか。

 その話は置いといたとして、この様子だとなごみのやつ、一から十まで怒りに任せて吐き出しやがったな。えげつないことしてくれやがって。腹いせだろ?いいよ、望むところだ。どうせなごみの都合がいいように話を盛ってるに決まってる。


 すると畳の上に正座させられ、先程同様にものすごい目力で睨みつけられた。なごみに匹敵するくらいには強そうだった。


「ちょっと沙那さな!今手が空かないから着物片しといてくれない?」

「オッケー。こんにち……あ、最低な子だ」

「沙那はいいから早く片して」

「オッケオッケー」


 推定二十歳ぐらいだろうか。和服店とは真逆の小ギャルなお姉さんが裏の暖簾をくぐり、部屋の奥からひょっこり出てきた。恐らくこの沙那さんという人はこのおばちゃんの娘なのだろう。


「ちょっとなに、渡さないからね」


 待てよ。ただちょっとだけ沙那さんを目で追っていただけなのに「その眼球抉るぞ」と言わんばかりにがんを飛ばしてくる。怖いよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る