第22話「ガキかよ」

「草履が、ちょっと」

「本当ですね」


 すると持ち歩いていた鞄の中から使い古された例の財布を取り出す。それにしてもその財布、彼女の雰囲気を全て台無しにする程の破壊力を持っている。


 財布のがま口を開け五円玉を一枚取り出す。

 その五円玉を俺に手渡すと、鞄の中に財布を片付ける。かと思えば再び鞄の中を漁っている。今度は何を出すんだ?なんだかちょっとワクワクしていた。

 ん、ハンカチか?さすが女子だな、女子力半端ない。


 すると無言で掌を差し出してくる。

 うーん、五円玉をよこせという意味だろうか。ということで掌に五円玉を置いてみる。

 うんともすんとも発することなく五円玉は静かに回収された。どうやらご要望に沿えていたようだけど。

 すると、またしても無言で掌を差し出してくる。

 ん?……なんだ?何を要求しているのか全く見当がつかなかった。なので、取り敢えず「お手」をしとくことにした。


 ……。


 反応がないな。そうか、分かった!「オカワリ」か!?ということで反対の手をなごみの掌の上に置いてみる。


「わんっ!」


 その瞬間イラッとした顔つきに変わった。怒りマークを一つか二つ付けてそうな顔つきである。


「えーと、なごみさん?そんな怖い顔したらせっかくの綺麗なお顔にお皺が増えてしまいますよ?」


 さらにイラッとした顔つきに変わった。怒りマークも先程の二倍の二乗ぐらい付けてそうな顔つきである。


「先輩、怒りますよ?」


 あらら、怖い。先程の表情とはまるで変わりニコニコの笑みである。しかし隠された怒りマークは先程の五倍の五乗くらいありそうだ。


「だ、だってそんなん何置いたらいいか分からないだろ」

「なんの話をしていたのか忘れたんですか!?草履の紐が切れてしまった話ですよね!」

「草履をよこせと?」

「そうですよ。直してあげると言ってるんです!」


 俺は思うのだ。コレって男の仕事じゃないの?

 彼女と暗がりの細道を歩いている途中、彼女が「イタッ」と声を上げる。「ちょっと見せてみ?」と優しく囁く彼氏。いつどこからか会得した知識で彼氏は颯爽と彼女の草履を補正する。

 っていうのが正規のシーンじゃないの!?お決まりじゃないの!?なんで立場逆転してんだよ!


「いや、大丈夫」

「はぁー!?じゃあ聞きますけど、どういうふうに歩くんですか!」


 なごみは俺の冷たい態度に相当怒っているようだった。

気を利かせて俺の草履を直そうとしてくれたにも関わらず、こんな態度とられたら誰だって怒るに決まっている。しかし、俺はしょうがなくてしょうもない人間だ。男が女の子に助けられることがあってはならないと思ってしまう。許してほしい。これが俺のクソみたいなプライドなんだ。


「どうもこうも、別に頼んでないし……」


 なごみに聞こえるか聞こえないかの声でボソッと呟く。


「質問に答えて下さい!ど・う・い・う・ふ・う・に・歩・く・ん・で・す・か!」


 最初はただのしょうもないプライドで対抗心を燃やしていた。しかし、怒りで甲高くなったなごみの声を聞いてるうちにプライドではなく、なごみへの対抗心だけが俺の闘争心を燃やしていた。


「だから頼んでねぇって言ってんじゃん……」


 またもやなごみに聞こえるか聞こえないかの声でボソッと呟いた。


「は……?ガキかよ」

「え、?」

「ほんっとガキですねって言ったんですっ!もう血だらけで帰ってこれば!?」


 去り際にそう言うとそのまま人混みの中に紛れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る