第21話『なごなごパニック』
本道から一本ズレれば一般住宅街が広がっていると思っていたが、何ら先程と変わらない街並みが広がっていた。
ただ、先程とは打って変わり出店もされておらず、気味が悪いくらいに静寂で、人気も極端に少なかった。
息の詰まる本通りを抜け少し休憩した後、再び歩き始める。少し行くと暗闇の中にポツンと光る一つの建造物があった。蛍の如く光に吸い込まれるようにして歩いていくと、そこにはお世辞にも繁盛しているとは言えない何とも寂しげな蕎麦屋の看板が立て掛けられていた。
いや、本当に慈悲とかそういうのではないが、気付いたら二人とも蕎麦屋の席に腰を掛けていた。数分が経った頃、奥から出てきた店主が蕎麦を運んでくる。忽ち口元に箸を運べばそれはもう絶品だった。
「あれ?おいしいな……。面に出てないのが不思議なくらい」
失礼な話かもしれないが、正直話にならないほど美味しくないと思っていた。
「違うんですよ。きっと面のお店が美味しすぎるんです」
「それはフォローか?」
「おおきにー」
「え、もう意味わかんないんだけど」
一口、もう一口と俺たちの箸は止まることなく麺の束がズルズルと口の中に吸い込まれていく。無言で食べ進めていく中、なごみは何かを思い出したかのように箸を止めて世間話を語り始めた。
「そういえば!蕎麦と言えばお姉ちゃんが──」
お姉ちゃんの話だった。お姉ちゃんが蕎麦を喉に詰まらせた話。お姉ちゃんに興味無さすぎてお姉ちゃんが蕎麦で死にかけた話。実は全てドッキリだった話。マジで意味が分からないこの感じ、だいぶ気を衒う姉が想像つくだろう。この姉あってのこの妹か……。と思うと納得しかけてしまう。
妹がなごみならイタズラしたくなる姉の気持ちも分かる気がしなくもないが……。
「えー、本日は知る人ぞ知るこの蕎麦屋さんにお邪魔させて頂いた訳なのですが、お味の程はいかがでしょう!なごみさん」
「えー、そうですねー。やはり機材では作る出すことのできない麺の腰や絶妙な塩加減など、鰹や昆布の出汁の香りが程よく引き立っていてとても美味しかったですねー」
わぁー、よくもそんな思っても無さそうなことを次から次へとスラスラと出てきますねー。
しかし、俺の目の前に座るなごみは美味い美味いとズルズル音を立てながら蕎麦をすすっていたので強ち嘘という訳でもなさそうだ。
彼女曰く、奢るとか奢られるとかいう文化は聞いた事も無いらしく、格好つけて「俺が払うから気にするな」と言ったところ、「さっきから何ですか?そんなにお金使いたいんですか?」と真顔で言われた。
世の女の子達はお金に取り憑かれた妖怪みたいにすぐ媚びるくせに、なんでお前は例外なんだよ!その答えは一瞬で出た。
なごみだからか……!
それにしてもなごみには通常の女子高生に通用するようなことが逆効果だったりするらしいから難しい。
喜ぶかキレるかの瀬戸際をつつく感じとか、殆ど『ワニワニパニック』ならぬ『なごなごパニック』状態だ。
何だかんだあり、結局それぞれで勘定を済ませた。お腹も満たされたところで再び賑やかしい表参道に戻る。
「どうする?五平餅は明日の朝でいいか?」
「いいわけあると思ってるんですか?」
「え、いいわけあるでしょ……てか、食べれるの?」
「デザートは別腹なので!」
そう言いながらもずっとお腹をさすっている。説得力の欠片もない仕草に呆れ口調で発する。
「いいな、吐き出すなよ?」
「イ、イェスです!」
なに、すっごいキツそうじゃん。引き攣る笑顔、籠る声どこ一つとっても「イェスです!」な部分は見当たらないんだけど。
「ほら、帰るぞ。別に五平餅は逃げたりしないだろ?」
「でもぉー」
「でもじゃなーい。ほら、宿に行く……あ」
足元に違和感を感じた俺は片足で通路の脇へと逸れ適当な場所に腰をかける。足元を確認するとやはり草履の前坪が切れていた。
「どうしました?」
そう言いながら中腰になるなごみ。丁度真正面になごみの顔があった。同時に髪を耳にかける。なごみの顔が近い。
やべぇ、なんで俺こんなに緊張しちゃってるの!?俺の足元を見るなごみを俺は上目で凝視してしまっていた。
てかいい匂いするし、やっぱりかわいいよな……。
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