第19話 お耳が休日
再び五平餅店へと戻ってきた。
なごみに楽しんでもらうためにも、母親の味を思い出してもらうためにも、様々な五平餅を食べさせてあげたい。
「五平餅ってこんなに綺麗な形してたんですね!」
「お?もしかして、喧嘩か?形とかどうでもいいって言ったよね?ね?」
「言ってません」
「言ってないか」
額に白いタオルを巻いた店主が手元の器具を器用に動かして五平餅を完成形へと近付けてゆく。香ばしい匂いとその器用さに目を奪われていると、ドスの効いた男らしい声で店主が話しかける。
「兄ちゃん、悪いけどここの五平餅はお嬢ちゃんみたいな子にはちょいと辛すぎ──」
「──あー!!えーっと五平餅二つください!」
「あいよぉぉぉ!」
いい塩梅に焦げ付いた五平餅にパッパっとタレを絡めつけた後タッパーに入れて手渡す。
「二本で五百円だけど、なんか悪ことしちまったみてぇーだから百円まけとくわ」
「え、いいんですか?すみません」
「兄ちゃんそこはありがとうございますでいいんだよ!」
「あ、ありがとうございます!」
「おっしゃ!また来いよっ!」
とても気の回るいい店主さんだった。なごみのために「ここの五平餅は辛いから」と店の利益を差し置いて、お客のことを最優先で考えていた。
男の俺から見てもこれだけかっこいいと思うのだから女性からの印象は言うまでもないのだろう。なごみの機嫌を損ねないためだと言えど無理矢理話を遮るようなまねをしてしまった。
でも、まあ、あのまま話を続けていたら……と考えるといい事をしたのかもしれない。
俺もあのような人間になれば恋路のサポートも上手くこなせるのだろうか。
「何かあったんですか?」
「いや、かっこいいなと思って」
「あの店主ですか……?どうしてやろうかと思いました」
キレてた。
「いや、でもな!あの人は気を遣ってくれたわけで」
「でも、確かにかっこいい店主だったのでしょうがなくチャラにしときました」
「しときましたって……」
なごみはガサガサとカバンの中を探ると、綺麗に施された容姿からは想像もつかない、何十年間も使い古されていそうな財布を取り出した。加えてまさかのがま口財布だった。緩みきったがま口を徐に開くと二百円を取り出し俺に手渡す。
「冷める前に食べちゃいたいです」
「あ、ああ。お金はいいや」
「もう店主の言葉忘れたんですか?ありがとうございますでいいんだよ!ですよ」
「分かった、ありがとう。じゃあお金の代わりに、今日の遅刻した分許してくれないか?」
「ついでにいけるかもとか思ったんですか?」
「や、やだなー。ちょっといい感じの流れになったからってそれはやっちゃいけないでしょ。そのくらい流石の僕でも分かりますよー」
……チラッ。……チラチラッ。
「絶対にイヤです。怒っては無いですけど許しません。そんなんじゃ到底店主にはなれませんね!」
「うぅ、効くなー……」
ということで、バスは行ってしまったとさ。
「もう待ってよう……」
「待ちましょう……」
二度もバスを逃し、やっと乗れた三本目のバスを降りると既に日は暮れかかっていた。二分ほど歩くとそこには画面の中でしか見たことの無い昔ならではの街並みが広がっていた。
もう夕暮れ時だというのに人もそれなりに賑わっていた。個人的には、透き通った瑞々しい空気にとても感動していた。都会に住んでいるという訳では無いが、こうも周りを自然に囲まれていると妙におっとりとした気分になる。
「うわぁーなんか、なんかですね先輩っ!」
「なんかがなんかしてるなー」
「おおきにー」
「おい、風情のある街並みだったら取り敢えずそれ言っときゃいいって思ってんだろ。覚えとけ、いつか刺されるぞ……!」
「何してるんですかー?置いていきますよ!」
「……」
なごみは都合の悪い話になるとすぐお耳が休日になる癖があるみたいだ。人の話を聞かないなごみに対して一言言ってやりたくはなるが、どうせその一言も無視されて終わるのだろう。
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